日本大百科全書(ニッポニカ)「声」の解説
声
こえ
voice
発声器官から出る音をいい、喉頭(こうとう)の中にある左右1対の声帯を呼気によって振動させたときに発生する音が声の音源となる。この音を喉頭原音という。これはほとんど響きのない雑音に近い音である。この音が、声帯の上下につながっている気管、肺、喉頭の内腔(ないくう)、咽頭(いんとう)、鼻腔、口腔などの管腔(音声付属管腔)の形の変化によって修飾され、日常聞かれるような声となる。このようにして発生した声を、舌、口唇、口蓋(こうがい)、口腔など(発語器官あるいは構音器官)の形を変化させることにより言語をつくりだす。これを構音あるいは調音という。すなわち、声は言語の基礎となるものであり、声の障害(音声障害)と言語の障害(言語障害)あるいは構音障害とは、それぞれ明らかに区別できる。
声の大きさは主として呼気量と呼気圧の多少によって決まるが、肺活量にも関係がある。声の高さは声帯の振動数によって決まるので、声帯の長さ、弾力性、緊張度などを変化させることによってある程度調整することができる。声帯の長さは輪状甲状軟骨の働きによって変化させることはできるが、年齢、性、体格と関係が深い。小児や女性の声は高く、男性の声は低い。ある人が出すことのできる最高の音の高さと最低の音の高さの幅を、その人の声域という。幼児の声域はきわめて狭いが、年齢とともに声域の幅がしだいに広くなり、声変わりの時期がすむと声域は約2オクターブになる。日常の会話に使用している声の高さを話声位といい、普通はその人の声域の下限より数音高くなっている。人が発声しているとき、自分の声を自分で聞いて声の大きさや高さをある程度、無意識的にコントロールしており、これを声のフィードバックという。録音した自分の声は、自分がいつも聞いている声と違って聞こえる。これは、自分の声は骨伝導音としても聞いているためである。一方、音色は、それぞれの人がもっている音声付属管腔の形、大きさ、管腔壁の性質などに大きく依存しているので、声を聞けばだれの声であるかを判別することができる。
人が出すことのできる声の高さは80ヘルツから1280ヘルツの4オクターブに及んでいる。その人が歌を歌うときに使用する声の高さ(歌声位)と音色から声種を区別することができる。一般に男声をバス、バリトン、テノール、女声をアルト、メゾソプラノ、ソプラノに分けている。一方、声の出し方から声区を分けることがある。低い声からしだいに高いほうに向かって声の調子をあげていくと、初めは力強くて音色に富み、胸に響くように感じる声が、ある高さ以上になると声色が変わり、弱くて頭に響くように感じる声となる。この低音のほうの声を胸声(きょうせい)あるいは地声(じごえ)、高音のほうを頭声(とうせい)あるいは裏声(うらごえ)という。これらの声の属する範囲をそれぞれ胸声区、頭声区とよぶ。また、両声区の中間の移行部を中声区という。音域的には頭声と同じであるが、音色がやや異なる仮声(かせい)を区別する人もある。胸声区から中声区を経て頭声区に移行するとき、普通は音色が急に変わるのが目だつが、習熟した声楽家はその移行が円滑である。これを声区の均等化という。胸声は胸に、頭声は頭に共鳴する声と古くから考えられてきたが、どちらの声もいずれも胸にも頭にも共鳴していることが現在ではわかっている。これらの声の違いは発声機構の違いによるもので、声帯が胸声区では厚くて太く、全体として振動するのに対して、頭声区では薄くなって辺縁部だけが振動しているにすぎない。また、音響学的には胸声は部分音に富んでいるが、頭声は部分音が少なく、サイン波(正弦波)に近い。喉頭は、高い声を出すときは上のほうに、低い声を出すときは下のほうに動くが、習熟した声楽家は喉頭の緊張が少なく、その喉頭の位置を発声の零点という。歌唱で発声中の呼気を円滑に出すため横隔膜を支えとした呼気の使用を呼吸保持という。一方、声の出し始めを起声といい、気息起声、軟起声、硬起声、圧迫起声が区別されている。
なお、音声の個人識別については「声紋」、音声の科学については「音声学」の項目をそれぞれ参照されたい。
[河村正三]