(読み)なし(英語表記)nothingness 英語

精選版 日本国語大辞典 「無」の意味・読み・例文・類語

なし【無】

〘名〙 ないこと。無(む)。「名無し」「底無し」「いくじなし」「人でなし」「言いっこなし」など複合語にも用いられる。
※森藤左衛門本狂言・船渡聟(室町末‐近世初)「其方骨折は無しにはせまい程に」
多情仏心(1922‐23)〈里見弴楽屋「どっちへ廻っても、あたしと云ふものは、まるでなしでさァね」

ぶ【無】

〘接頭〙
体言に付けて、それがない意を表わす語。「無遠慮」「無作法」「無しつけ」など。
② =ぶ(不)「無細工」「無器量」「無器用」など。

な【無】

(形容詞「ない(無)」の語幹) ないこと。また、そのさま。
源氏(1001‐14頃)若菜上「殊なることなの御返りや」

な・し【無】

〘形ク〙 ⇒ない(無)

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デジタル大辞泉 「無」の意味・読み・例文・類語

む【無】[漢字項目]

[音](呉) (漢) [訓]ない なみする
学習漢字]4年
〈ム〉
存在しない。…がない。「無益無休無辜むこ無形無効無償無上無情無職無人無線無断無名無理無料無意味有無皆無虚無絶無
…でない。…しない。「無数無道無量無論
ないがしろにする。なみする。「無視無法
〈ブ〉1に同じ。「無事無精無難無頼無礼無愛想傍若無人
[名のり]な・なし
難読無花果いちじく無言しじま無患子むくろじ

む【無/×无】

[名]
何もないこと。存在しないこと。「―から有を生ずる」⇔
哲学用語
㋐存在の否定欠如特定の存在がないこと。また、存在そのものがないこと。
㋑一切の有無の対立を超え、それらの存立基盤となる絶対的な無。
禅宗で、経験・知識を得る以前の純粋な意識。「―の境地
[接頭]名詞に付いて、そのものが存在しないこと、その状態がないことの意を表す。「―感覚」「―資格」「―届け」「―免許」
[類語]烏有

ぶ【無】

[接頭]名詞または形容動詞の語幹に付いて、それを打ち消し、否定する意を表す。
…でない、…しない、などの意を添える。「風流」「遠慮」
…がわるい、…がよくない、などの意を添える。「愛想」「作法」「細工」
[補説]「不…」「無…」の使い分けについては、概して「不」は状態を表す語に付き、「無」は体言に付くとはいえるが、古来、「不(無)気味」「不(無)作法」など両様に用いられる語も少なくない。また、「不」字は呉音フ、漢音フウであって、ブは「無」字の漢音ブに影響されて生じた慣用音と思われる。

ぶ【無】[漢字項目]

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「無」の意味・わかりやすい解説



nothingness 英語
Nichts ドイツ語
néant フランス語

厳密には、いかなる意味でも「存在」しないものを「無」というべきだが、最近の西洋哲学では、存在する事物=存在ではないものをさして「無」とよぶことが多い。たとえばハイデッガーの『形而上(けいじじょう)学とは何か』(1929)によれば、事実的な対象としてある事物=存在をすべて退去、滑落させる「不安」の情態性において、個々的な事実=存在では「無い」ところの「無」が開示される。しかも、「不安の無の明るい夜」に開示されるその「無」のうちに、人間が情態(気分)的に己を投入することは、あれこれの存在を全体として滑落させつつ越える「超越」の生起であり、この超越は個々的事実としての存在に対する漠たる対立という以上に、存在者を存在者たらしめる根拠である「存在」に聴従することである。それゆえ、この種の用法における「無」は、存在とは区別される限りでの「存在」そのものに近づく。

 なお、サルトルの主著『存在と無』(1943)における「無」は、ハイデッガーの場合とも異なり、結局は意識、主体性、自由を意味する。サルトル的な意識はどこまでも対象指向的な純粋作用そのものであり、いかなる意味においても対象=事物=存在者ではなく、それゆえ「無」としかいえない。まったく質料的、物的、「即自存在」的なものを含まない絶対の作用性(対自存在)をサルトルは「無」と規定したわけである。

[山崎庸佑]

中国哲学における無

中国における無の思想の精華は、『老子(ろうし)』や『荘子(そうじ)』の無を展開した魏(ぎ)の王弼(おうひつ)(226―249)にみることができる。元来『老子』の無は、有に対する単純な否定の意味とともに有の意味をもあわせもっていた。だから「有が無から生まれる」ともいえた。このように『老子』は通俗的な有無の対立を超えた無を想定してはいるが、現実存在を完全に否定しきったところに得られるような形式概念には至っていない。無の思想の萌芽(ほうが)的段階なのである。『荘子』は思索を一歩進める。「無用の用」というように、有の意義は無の作用によって生ずることを論理化したことで、それは無の無規定性、無限定性の発見に負うものである。そこでさらにいう。無が、有に対する無としてとくに執着されねばならないものであるならば、その無は否定されねばならない、と。

 魏の何晏(かあん)(?―249)は「道は何もないもの、すなわち無である」(無名論)と道破(論破)する。無を道家(どうか)の最高概念である道と同じにみることは、魏・晋(しん)では一般化していった。王弼は『老子』で「道は一を生じ云々」に注して「万物は万形であるが、その中心は一である。何によって一になるかといえば、それは無によってである」という。無はここに至って絶対的な統一原理としての形式概念となり、道家の伝統的な道はむしろ無の下位に位置づけられる。「道は無形無名であるからこそ万物を形成できる」(『老子』1章注)。

 こうして『老子』『荘子』以来の無は王弼によって整理展開され、万物を存在づける究極的原因であり、また雑多な差別を統一づける普遍的原理として、その究極的な根源性を明確にした。

[町田三郎]

『大江精志郎訳『ハイデッガー選集1 形而上学とは何か』(1979・理想社)』『サルトル著、松浪信三郎訳『存在と無』全三巻(1956~60・人文書院)』『津田左右吉著『道家の思想とその展開』(1939・岩波書店)』『金谷治「老荘思想における無」(『理想』382号所収・1965・理想社)』『森三樹三郎著『無の思想』(講談社現代新書)』『松本雅明著『中国古代における自然思想の展開』(1973・国書刊行会)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「無」の意味・わかりやすい解説



wu

有 (う) と対立する相対概念が本来の意味であるが,中国哲学史では次第に有よりも重要な価値をもつようになった。無 (非有) あるいは否定としての無ではなく,有無の対立をこえ,根元的,絶対的なものを成立させているようなものをもいう。中国哲学,特に道家の思想においては道の別名といえる根本概念。この場合それは人間の感覚を超越した実在であり,世界 (宇宙) の始源であり,同時に人間行為の規範的根元でもある。それゆえ,聖人たる道の体得者は,無為,無知,自然の徳をもつという。このように無に形而上学的な絶対性を認める東洋的思考は,西田哲学や田辺哲学に流れている。西欧哲学ではスコラ哲学の「無よりは何ものも生ぜず」という命題の伝統があり,この場合は一般には消極的概念。キリスト教でも,神がすべての生命と真理と善との唯一原因としてとらえられるから「無からの創造」ということが唱えられながらも,真正面から無を説くことはなかった。また,神には肯定的述語を与えないとする中世のいわゆる否定神学においても,神を無とする考え方はなかった。しかし旧来の価値観が転覆した現代では,西欧哲学においても無は重要な根本概念となっている。

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百科事典マイペディア 「無」の意味・わかりやすい解説

無【む】

(1)中国哲学の用語で,特に道家の根本的概念。《老子》においては〈道〉を意味し,存在論的始原であるとともに規範的根源である。人間の感覚を超越した実在であるので〈無〉と名付けられる。道の体得者としての聖人は,無知であり,無為であるとする。(2)英語nothingness,ドイツ語Nichtsなどの訳。〈有〉〈存在〉に対する。〈無からの創造 creatio ex nihilo〉を言うユダヤ・キリスト教の伝統を別にすれば,西洋哲学の存在論にあっては否定的・消極的概念にとどまるが,ニヒリズムや,ハイデッガー,サルトルらの思想では重要。

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世界大百科事典 第2版 「無」の意味・わかりやすい解説

む【無 nothingness】

西洋の哲学は当初から概して存在論としての性格を有する。それは存在者の総体(近代的にいえば対象一般)に関する学であり,〈存在者はあり,無はない〉,あるいは〈無からは何も生じないex nihilo fit nihil〉という考え方に支配されてきた。したがって,深淵あるいは空虚(真空)としての無に対する強い恐怖心はあったものの,現代においてニヒリズムが顕在化するまでは,無は概して存在者一般との関係において問題とされるにとどまり,それ自体として主題化されることはなかった。

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世界大百科事典内のの言及

【中国哲学】より

…このうち墨子は,孔子の仁愛が家族を中心とする閉じられた生活共同体への愛であることに反対し,天の神の意志である人類愛,すなわち兼愛を主張した。そのあとに出た儒家の孟子は,墨子の兼愛説を無君無父(君を無(な)みし父を無みす)の思想として激しく攻撃するとともに,他方では人間の自然の性のうちに善が内在するという性善説を唱え,これが永く儒家の正統思想となった。これに対して道家の老子は,儒家の道徳を不自然な人為の産物として否定し,無為自然こそ天の道であることを強調した。…

※「無」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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