デジタル大辞泉
「無」の意味・読み・例文・類語
む【無/× 无】
[名] 1 何もないこと。存在しないこと。「―から有を生ずる」⇔有 。2 哲学の用語。 ㋐存在の否定・欠如。特定の存在がないこと。また、存在そのものがないこと。 ㋑一切の有無の対立を超え、それらの存立の基盤となる絶対的な無。3 禅宗 で、経験・知識を得る以前の純粋な意識。「―の境地」[接頭] 名詞に付いて、そのものが存在しないこと、その状態がないことの意を表す。「―感覚」「―資格」「―届け」「―免許」 [類語]空 ・烏有
ぶ【無】
[接頭] 名詞または形容動詞 の語幹に付いて、それを打ち消し、否定する意を表す。不 ぶ 。1 …でない、…しない、などの意を添える。「無 風流」「無 遠慮」2 …がわるい、…がよくない、などの意を添える。「無 愛想」「無 作法」「無 細工」 [補説]「不…」「無…」の使い分けについては、概して「不」は状態を表す語に付き、「無」は体言に付くとはいえるが、古来、「不(無)気味」「不(無)作法」など両様に用いられる語も少なくない。また、「不」字は呉音フ、漢音フウであって、ブは「無」字の漢音ブに影響されて生じた慣用音 と思われる。
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む【無・无】
[ 1 ] 〘 名詞 〙 ① ないこと、存在しないこと。[初出の実例]「いはゆる戒定慧、及至度二 有情類一 等なり。これを無といふ」(出典:正法眼蔵(1231‐53)摩訶般若波羅蜜) 「愛着執心は全然無(ム) ではあるが」(出典:物質の弾道(1929)〈岡田三郎 〉) [その他の文献]〔老子‐四〇章〕 ② 仏語。(イ) ある行為、はたらきを否定すること。はたらきをおこさせないようにすること。[初出の実例]「諸法は有なり、無(ム) (〈注〉ナキ)なり、これ実なり、非実なり」(出典:妙一本仮名書き法華経(鎌倉中)五) (ロ) 禅宗で、修行者がその意味を問い、解決しなければならないとさせるもので、経験や知識以前の純粋な意識にかかわるもの。〔無門関‐一則〕(ハ) 仏をいう。[初出の実例]「仏とは釈迦の名づくる者にして、天の大気虚空を云ふ。之を無と名づく、是を仏とす」(出典:随筆・春波楼筆記(1811)) ③ 無駄の意を表わす。→無になる ・無になす 。④ ( [ドイツ語] Nichts の訳語 ) 哲学で、キェルケゴール では不安の観念と結びつき、神の前にあって微小なものと意識された人間存在の在り方。神の死を主張したニーチェ では、神の代わりに人間を支えるもの。ハイデガー では、人間にとっての死の可能性 の観念。[ 2 ] 〘 接頭語 〙 漢語の名詞の上に付けて、そのものが存在しないこと、その状態がないことを表わす。「無免許 」「無資格 」「無修正」「無抵抗」「無理解」など。
なし【無】
〘 名詞 〙 ないこと。無(む) 。「名無し 」「底無し」「いくじなし」「人でなし」「言いっこなし」など複合語 にも用いられる。[初出の実例]「其方の骨折は無しにはせまい程に」(出典:森藤左衛門本狂言・船渡聟(室町末‐近世初)) 「どっちへ廻っても、あたしと云ふものは、まるでなしでさァね」(出典:多情仏心(1922‐23)〈里見弴〉楽屋)
ぶ【無】
〘 接頭語 〙 ① 体言に付けて、それがない意を表わす語。「無遠慮」「無作法 」「無しつけ」など。② =ぶ(不) 「無細工」「無器量」「無器用」など。
な【無】
( 形容詞 「ない(無)」の語幹 ) ないこと。また、そのさま。[初出の実例]「殊なることなの御返りや」(出典:源氏物語(1001‐14頃)若菜上)
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無 (む) nothingness Nichts [ドイツ] néant[フランス]
目次 インド 西洋の哲学は当初から概して存在論 としての性格を有する。それは存在者の総体(近代的にいえば対象一般)に関する学であり,〈存在者はあり,無はない〉,あるいは〈無からは何も生じないex nihilo fit nihil〉という考え方に支配されてきた。したがって,深淵あるいは空虚(真空 )としての無に対する強い恐怖心はあったものの,現代においてニヒリズム が顕在化するまでは,無は概して存在者一般との関係において問題とされるにとどまり,それ自体として主題化されることはなかった。
カント が《純粋理性批判 》の分析論の末尾で範疇表に即して提示している無の分類もまた,対象一般という概念との関係におけるものである。その第1の〈対象のない空虚な概念としての無〉は,第4の〈概念のない空虚な対象としての無〉に対応する。両者はいずれも空虚な概念であるが,後者は自己矛盾 する概念の対象として不可能なもの,たとえば2直線で囲まれる図形のような否定的無nihil negativumであるのに対し,前者はたとえば可想体noumenonのような思惟的実在ens rationisであり,皆無Keinesではあるが,必ずしも不可能なものではない。次いで第2の〈或る概念の空虚な対象としての無〉は,第3の〈対象のない空虚な直観としての無〉に対応する。両者はいずれも概念に対する空虚な与件であるが,前者は否定性の範疇に応ずるものとして,たとえば光を欠く影のような欠如的無nihil privativumであるのに対し,後者は実体のない単なる直観形式であり,たとえば純粋な空間および時間のような構想的無ens imaginariumである。
カントは質の範疇に関して否定性の無だけしか取り上げていないが,新カント学派のH.コーエンは実在性と否定性との総合としての制限性という範疇に特に注目し,それに応ずる〈根源の判断〉を論理学の最初に置いた。これは或る限定的な無(ギリシア語 でいえば,ouk onではなくてmē on)を媒介として概念を根源的に生産する判断であり,S ist non -P (S はP でないものである)という無限判断の形で表現されて,S とP との概念共同態がS という概念の根源として先取されることを提示する。ヘーゲル の論理学では,存在と無はいずれも純粋な抽象態であって内容的には一つであり,弁証法の原理に従って存在は無に転換し,両者は生成として総合される。
総じて無の概念をヨーロッパ思想に導入したのは,むしろユダヤ ・キリスト教 的な宇宙論における,〈無からの創造creatio ex nihilo〉という教説であった。だが現代の実存哲学 において無は初めて主題化されるにいたった。ハイデッガー は,人間の現存在を死の不安においてある存在として把握し,また伝統的形而上学 においてはもっぱら存在者が問題にされて,無としての存在が忘却されてきたと批判した。サルトル は,意識としての人間の対自存在そのものを〈無化する無néant néantisant〉として把握した。 執筆者:吉沢 伝三郎
インド 一般にインドでは,古くから,ふつうならば肯定的に表現してもよさそうなところを,さらに否定的な表現をすることが多かった。たとえば,〈心楽しく安らか〉ということを,インドではしばしば〈無憂〉と呼ぶ。宗教文献になるとこの傾向はさらに顕著になる。その理由は,真実は,日常われわれが用いていることば によっては表現することができない,という考えが支配的であったということである。ウパニシャッド の有名な文句に,〈そうではない,そうではない〉というのがある。これは,本当の自我(アートマン )は,いかなることばをもってしても指し示すことはできないということをいったものである。また,単なる無をさらに押し進めた〈空〉を主張した中観派の開祖として知られる竜樹(ナーガールジュナ )は,ことばのもつ限界,自己矛盾を徹底的にあばいた。彼の,〈不生不滅〉に始まるいわゆる〈八不〉は,いわば,真実を前にした累々たる屍の山を示したものであるといえる。 →存在論 →ニヒリズム 執筆者:宮元 啓一
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無 む nothingness 英語 Nichts ドイツ語 néant フランス語
厳密には、いかなる意味でも「存在」しないものを「無」というべきだが、最近の西洋哲学では、存在する事物=存在者 ではないものをさして「無」とよぶことが多い。たとえばハイデッガーの『形而上(けいじじょう)学とは何か』(1929)によれば、事実的な対象としてある事物=存在者 をすべて退去、滑落させる「不安」の情態性において、個々的な事実=存在者 では「無い」ところの「無」が開示される。しかも、「不安の無の明るい夜」に開示されるその「無」のうちに、人間が情態(気分)的に己を投入することは、あれこれの存在者 を全体として滑落させつつ越える「超越」の生起であり、この超越は個々的事実としての存在者 に対する漠たる対立という以上に、存在者を存在者たらしめる根拠である「存在」に聴従することである。それゆえ、この種の用法における「無」は、存在者 とは区別される限りでの「存在」そのものに近づく。
なお、サルトルの主著『存在と無』(1943)における「無」は、ハイデッガーの場合とも異なり、結局は意識、主体性、自由を意味する。サルトル的な意識はどこまでも対象指向的な純粋作用そのもの であり、いかなる意味においても対象=事物=存在者ではなく、それゆえ「無」としかいえない。まったく質料的、物的、「即自存在」的なものを含まない絶対の作用性(対自存在)をサルトルは「無」と規定したわけである。
[山崎庸佑]
中国における無の思想の精華は、『老子(ろうし)』や『荘子(そうじ)』の無を展開した魏(ぎ)の王弼(おうひつ)(226―249)にみることができる。元来『老子』の無は、有に対する単純な否定の意味とともに有の意味をもあわせもっていた。だから「有が無から生まれる」ともいえた。このように『老子』は通俗的な有無の対立を超えた無を想定してはいるが、現実存在を完全に否定しきったところに得られるような形式概念には至っていない。無の思想の萌芽(ほうが)的段階なのである。『荘子』は思索を一歩進める。「無用の用」というように、有の意義は無の作用によって生ずることを論理化したことで、それは無の無規定性、無限定性の発見に負うものである。そこでさらにいう。無が、有に対する無としてとくに執着されねばならないものであるならば、その無は否定されねばならない、と。
魏の何晏(かあん)(?―249)は「道は何もないもの、すなわち無である」(無名論)と道破(論破)する。無を道家(どうか)の最高概念である道と同じにみることは、魏・晋(しん)では一般化していった。王弼は『老子』で「道は一を生じ云々」に注して「万物は万形であるが、その中心は一である。何によって一になるかといえば、それは無によってである」という。無はここに至って絶対的な統一原理としての形式概念となり、道家の伝統的な道はむしろ無の下位に位置づけられる。「道は無形無名であるからこそ万物を形成できる」(『老子』1章注)。
こうして『老子』『荘子』以来の無は王弼によって整理展開され、万物を存在づける究極的原因であり、また雑多な差別を統一づける普遍的原理として、その究極的な根源性を明確にした。
[町田三郎]
『大江精志郎訳『ハイデッガー選集1 形而上学とは何か』(1979・理想社)』 ▽『サルトル著、松浪信三郎訳『存在と無』全三巻(1956~60・人文書院)』 ▽『津田左右吉著『道家の思想とその展開』(1939・岩波書店)』 ▽『金谷治「老荘思想における無」(『理想』382号所収・1965・理想社)』 ▽『森三樹三郎著『無の思想』(講談社現代新書)』 ▽『松本雅明著『中国古代における自然思想の展開』(1973・国書刊行会)』
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無 む wu
有 (う) と対立する相対概念が本来の意味であるが,中国哲学史では次第に有よりも重要な価値をもつようになった。無 (非有) あるいは否定としての無ではなく,有無の対立をこえ,根元的,絶対的なものを成立させているようなものをもいう。中国哲学,特に道家の思想においては道の別名といえる根本概念。この場合それは人間の感覚を超越した実在であり,世界 (宇宙) の始源であり,同時に人間行為の規範的根元でもある。それゆえ,聖人たる道の体得者は,無為,無知,自然の徳をもつという。このように無に形而上学的な絶対性を認める東洋的思考は,西田哲学や田辺哲学に流れている。西欧哲学ではスコラ哲学の「無よりは何ものも生ぜず」という命題の伝統があり,この場合は一般には消極的概念。キリスト教でも,神がすべての生命と真理と善との唯一原因としてとらえられるから「無からの創造」ということが唱えられながらも,真正面から無を説くことはなかった。また,神には肯定的述語を与えないとする中世のいわゆる否定神学においても,神を無とする考え方はなかった。しかし旧来の価値観が転覆した現代では,西欧哲学においても無は重要な根本概念となっている。
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無【む】
(1)中国哲学の用語で,特に道家 の根本的概念。《老子》においては〈道〉を意味し,存在論的始原であるとともに規範的根源である。人間の感覚を超越した実在であるので〈無〉と名付けられる。道の体得者としての聖人は,無知であり,無為であるとする。(2)英語nothingness,ドイツ語Nichtsなどの訳。〈有〉〈存在〉に対する。〈無からの創造 creatio ex nihilo〉を言うユダヤ・キリスト教の伝統を別にすれば,西洋哲学の存在論にあっては否定的・消極的概念にとどまるが,ニヒリズム や,ハイデッガー,サルトルらの思想では重要。
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世界大百科事典(旧版)内の 無の言及
【中国哲学】より
…このうち墨子は,孔子の仁愛が家族を中心とする閉じられた生活共同体への愛であることに反対し,天の神の意志である人類愛,すなわち兼愛を主張した。そのあとに出た儒家の孟子は,墨子の[兼愛説]を無君無父(君を無(な)みし父を無みす)の思想として激しく攻撃するとともに,他方では人間の自然の性のうちに善が内在するという[性善説]を唱え,これが永く儒家の正統思想となった。これに対して道家の老子は,儒家の道徳を不自然な人為の産物として否定し,無為自然こそ天の道であることを強調した。…
※「無」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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