〘他サ五(四)〙
[一] 液体が流れるようにする。
① 水などの液体を低い方へ移動させる。流れるようにする。
※拾遺(1005‐07頃か)賀・二九一「松をのみときはと思ふに世とともにながす泉も緑なりけり〈
紀貫之〉」
② 特に、血、涙、汗などをしたたらせる。
※続日本後紀‐嘉祥二年(849)三月二六日「汗流志(ながシ)兢(お)ぢ恐(かしこ)まる」
※竹取(9C末‐10C初)「翁、女、血の涙をながしてまどへどかひなし」
③ 人や物を、液体とともに移動させる。水によって運ばせる。また、流して失う。
※万葉(8C後)七・一一七三「飛騨人の真木流(ながす)といふ丹生の川言(こと)は通へど船そ通はぬ」
※平家(13C前)四「三百余騎、一騎もながさず、むかへの岸へざとわたす」
④ からだに湯や水をかけて洗う。垢(あか)を洗い落とす。
※俳諧・花摘(1690)下「家子仕はぬもたのもしき妻〈遠水〉 白き手に流す背
(せなか)をか
こつらん〈岩翁〉」
⑤ (比喩的に) 電気が流れるようにする。また、電波にのせて声や音楽などをひびかせる。「音楽を流す」
[二] だんだんと移動させる。また、移動してもとの所へもどらないようにする。
① 広くゆきわたらせる。流布させる。
※竹取(9C末‐10C初)「なんぢらが君の使と名をながしつ」
※春の城(1952)〈
阿川弘之〉二「情報をもう少し流して貰うように」
② 杯などを、順にめぐらせる。
※散木集注(1183)「流しつるけこのみわもり数添てさやたの早苗とりもやられず 顕注云 ながしつるとは、下臈は、酒もりをばながすと云なり。又曲水宴には盃を流して飲めば、うるはしき事にもながすといひつべし」
③ 流罪に処する。
※書紀(720)斉明四年一一月(北野本訓)「守君大石を上毛野国に、坂合部薬を尾張国に流(ナカス)」
④ (自動詞的に用いて) 遊里で、家に帰らないで遊び続ける。居続けする。
※
洒落本・傾城買四十八手(1790)真の手「それにかう流
(ナガ)して居るなぞとは」
⑤ (自動詞的に用いて) 芸人・タクシーなどが、客を求めてあちこち移動する。また、芸人などが往来で楽器の音を響かせる。
※歌舞伎・紋尽五人男(1825)四幕「おれが猿廻しで流さうぢゃアねえか」
⑥ (自動詞的に用いて) 特にこれといった目的なしに町中などを歩く。ぶらぶら行く。
※談義本・つれづれ睟か川(1783)二「十月比の水鳥のやうに、あちらへながし、こちらへ歩行(ナガシ)」
⑦ 正規のやり方によらないで売り渡す。
※蛙のこえ(1952)〈
大宅壮一〉処女地「出来上ったプリントを地方の常設館に比較的安い値段で流した」
[三] 物事が不成立になるようにする。また、横にそれるようにする。
① 質物を受けもどさないうちに期限が切れて、その所有権を失う。
※
高野山文書‐永仁七年(1299)四月二八日・ずいしゃう利銭借劵「かのせにをことしの十二月をすき候まてになしまいらせ候はすは、なかくなかしまいらせ候へし」
※浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)長町の段「其質は半年前に流した」
② 心に留めないようにする。聞き流す。
※浄瑠璃・源氏冷泉節(1710頃)上「親の名残りも身のうさも、何のままよとながせども」
③ 行くべき所へ行かなかったり、すべきことをなおざりにしたりする。
※洒落本・
遊子方言(1770)発端「新が会の時にゃ、おら行
(いか)なんだ。すべて此ごろは、通り者が会をながす」
④ 他にそれるようにする。目的物に当たらないように相手の攻撃をはずしたり、視線を横にそらしたりする。
※
御伽草子・
弁慶物語(室町時代小説集所収)(室町末)「たがひに、手なみの程を、見せんとて、うけつ、なかしつして」
⑤ 流産させる。また、堕胎する。〔
日葡辞書(1603‐04)〕
※浄瑠璃・
栬狩剣本地(1714)三「子はをろさうか、ながさうか」
⑥ 言いかけた謎に相手が答えることができないとき、その謎をとりさげる。また、謎を出題者にもどしてその心を解き示してもらう。
※俳諧・西鶴大矢数(1681)第二「挑灯にはや釣鐘の夜か更る なかすかとくか謎の事わけ」
⑦ 全力を出さないで、手を抜いたり、らくなやり方にしたりする。「終わりの五〇メートルをながす」
※新撰大阪詞大全(1841)「ながすとは、手抜きすること」
⑧ 野球で、ながし打ちをする。「ライトへながす」