スミス(読み)すみす(英語表記)Kiki Smith

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スミス(Kiki Smith)
すみす
Kiki Smith
(1954― )

ドイツ生まれのアメリカの彫刻家。ニュルンベルクで生まれ、アメリカ、ニュー・ジャージー州で育つ。父はミニマリズムの彫刻家トニー・スミス。布、毛糸、ガラス、紙、蝋(ろう)、松脂(まつやに)、陶器、銀、ブロンズなどさまざまな素材を使い、人間の身体構造や生体の活動に触発された彫刻をつくる。
 1976年からニューヨークに住み、1979年ごろからイギリスの解剖学者ヘンリー・グレーHenry Gray(1825―1861)の『解剖学』Gray's Anatomy(1858)をもとに抹消神経や身体の細部のドローイングを制作。1980年に、自らも一員だったアーティスト集団コラボラティブ・プロジェクト(COLAB)とオルタナティブ・スペース(作品を収蔵する美術館でも作品を売る画廊でもない作品発表の空間)、ファッション・モーダの企画によるグループ・ショー「タイムズ・スクエア・ショー」に参加する。これは、具象を異端視するコンセプチュアル・アートの偏狭さに抗議した若いアーティストたちが、古い風俗業の建物を改装して彫刻、絵画、グラフィティを展示し、展覧会自体がギャラリー、クラブ、ストリートの要素を混在させた、ニューヨーク・ニュー・ウェーブ・アートの始まりを告げた有名な展覧会だった。1981年から1983年の間にニューヨークのP. S. 1コンテンポラリー・アート・センター、ホワイト・コラム、アーティスト・スペース、キッチンなど、イースト・ビレッジ・アート・シーンの拠点だったオルタナティブ・スペースにおけるグループ展や、COLABのヨーロッパにおける展覧会活動に参加する。1982年キッチンで初個展「生命は生きたがっている」開催。1984年にホイットニー・アメリカ美術館の「近代の仮面」展に参加。1985年、ニューヨーク実験ガラス工房でガラスを素材に制作を始める。1988年にはMoMA(ニューヨーク近代美術館)のグループ展に参加し、作品がコレクションに加えられる。これらの活動によりスミスの作品は1990年までにすでに国際的に認められていたが、エイズや湾岸戦争を背景とした生や死や人間の傷つきやすさについての意識の高まりを反映し、1990年代初めに大きな成功をおさめ、以後身体をテーマにした数多くの個展やグループ展で作品を発表する。
 スミスの彫刻は、紙や糸や布を編んだり縫い合わせたりした繊細なものから、ブロンズやガラスを型どりした重厚なものまで、さまざまな素材と技術を駆使してつくられる。それは、人体の一部のオブジェや全体像であるが、個別的に展示されても、インスタレーションでも、そこには身体の傷つきやすさと、傷を負ったり断片化したりすることでいっそう強くなる生命の存在感が暗示されている。中心に蝶番(ちょうつがい)があり、開くことのできるブロンズ製の子宮型の彫刻『子宮』(1986)や、白く着色されたテラコッタの断片を刺繍糸でつなぎ合わせ、モビールのように吊るした『胸骨』(1987)などには、生命の神秘とはかなさに対する作者の関心や、聖者の心臓などを聖骸としてまつるカトリック的な感性の反映が見られた。一方、1990年代に入ってつくられた、正面から見ると静かに座っているだけの裸婦像の背中に深い爪痕が刻まれている『無題』や、直径20~30センチメートルの赤褐色のガラスの円盤を100個直線上に並べた1994年の『血の線』には、女性であることから生まれる痛みや独特の身体観が投影されている。
 スミスの彫刻は、ロバート・ゴーバーRobert Gober(1954― )の彫刻やマイク・ケリーやポール・マッカーシーのパフォーマンスと並んで、1990年代初めのニューヨークに台頭した「おぞましいもの」(abjection。フランスの思想家ジュリア・クリステバによれば、人間がその社会的正当性と理性的主体性を確立するために切り離さなくてはならない母の身体への執着と、母の身体を連想させるさまざまなもの――血や体液――、不完全な状態を示す分断された身体の断片、身体の内部との接触を暗示する食べかけの食物などをさす)の美術的表現の一環と考えられた。実際に、1990年代なかばにスミスの作品がアメリカ各地やカナダの大学の付属美術館を頻繁に巡回したことは、その作品がフェミニズム研究者の関心を強く引き付けたことと無関係ではない。1990年代後半には、その題材を自然界や童話の世界に広げている。
 1990年MoMAで個展「プロジェクト24――キキ・スミス」、1998年ハーショーン美術館(ワシントンDC)で個展開催。1991年、1993年ホイットニー・バイエニアル(ニューヨーク)に参加。1992年、当時流行していたジェンダーや階級の差を、テクノロジーの発達を媒介にして超越する、進化した(極端に退化した)身体への夢想をテーマとした「ポスト・ヒューマン」展(イスラエル美術館などヨーロッパ5か所の美術館を巡回した)に参加した。[松井みどり]
Paradise Cage; Kiki Smith and Coop Himmelblau (1996, Museum of Contemporary Art, Los Angeles) ▽Rebecca Howland, Christy Rupp, Kiki Smith, Cara Perlman Signs of Life (1993, Illinois State University Galleries, Normal) ▽Linda Shearer Kiki Smith (1992, The Ohio State University Wexner Center for the Arts, Columbus)    ▽Benjamin Weil Charles Ray, Kiki Smith, Sue Williams (in Flash Art, November/December 1992, Giancarlo Politi Editore, Milano) ▽Hal Foster The Return of the Real; The Avant-Garde at the End of the Century (1996, MIT Press, Cambridge) ▽Bridgitte Reinhardt, Ilka Becker Kiki Smith; Small Sculptures and Large Drawings (2002, Hatje Cantz Publishers, New York)』

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