[1] 〘名〙
[一] 脊椎動物の前肢の末端部分の総称。腕骨(八個)、掌骨(五個)、指骨(五組一四個)からなる。各種の筋肉におおわれ、物をつかむために発達している。コウモリでは翼手を形成し、第一指に鉤爪があり、非常に長い。水生哺乳類の
オットセイなども構造的には陸生の哺乳類と同じだが、退化して魚類の鰭
(ひれ)のようになっている。
① 人体の上肢。躯幹(くかん)の上部で、肩から左右に分かれ出ている部分。肩の関節部分から指先までの部分。
※書紀(720)継体七年九月・歌謡「枕取り 端(つま)取りして 妹が堤(テ)を 我に枕(ま)かしめ 我が堤(テ)を 妹に枕かしめ」
※竹取(9C末‐10C初)「手に力もなくなりてなへかかりたる中に」
② かいな、うでと区別して、てくびから先の部分。その全体だけでなく、指、てのひらなど部分を漠然とさすこともある。
※万葉(8C後)一四・三四五九「稲つけば皹(かか)るあが手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ」
③ ヒト以外の動物の前肢を①②に準じていう。前足。また、植物のつるなどをもいう。「朝顔の手」
※平家(13C前)四「かしらは猿、むくろは狸、尾はくちなは、手足は虎の姿なり」
[二] 物の形状または機能を(一)に見立てていう。
① 器物の本体から分かれ出た部分で、そこをにぎり持ち、または物に掛けるようにしたもの。取手(とって)、引手、釣手など。「急須(きゅうす)の手」「手のついた鍋(なべ)」
※枕(10C終)一二〇「半挿に手水入れて、てもなき盥(たらひ)などあり」
② 用具・施設などで、主要部を支える用をする部分。「帆の手」
※枕(10C終)四九「几帳のてのさし出でたるにさはりて」
③ (一)のように、器物の左右に分かれ出た部分。衣服の袖(そで)、鏑矢(かぶらや)の雁股(かりまた)の先の左右に分かれ出た部分など。
※金刀比羅本保元(1220頃か)上「上矢のかぶらは、〈略〉薙歯一寸、手六寸、わたり六寸の大がりまたねぢすへたり」
④ (一)のように伸び出し、また動く状態になったものの先の部分。「火の手」
※信長公記(1598)首「大ぼて山へ〈略〉攻のぼり御人数を上させられ水の手を御取り候て上下より攻られ」
[三] (一)を用いてさまざまな行為をすることに関していう。(一)だけを用いるのではない場合、また用いない場合にも代表あるいは象徴としていう。多く、特定の語と連なって慣用句として用いる。
① 事を行なうのに使用する(一)。そのためにはたらかす(一)。「手を出す」「手にかける」「手をはずす」「手が届く」「手がはいる」「手をとめる」「手につかない」
※灰燼(1911‐12)〈森鴎外〉一〇「これ丈の事は、どの通信社かの手で、諸新聞に載せられた」
② 仕事をする力。労力。また、仕事をする人。人手。「手があく」「手を貸す」「手が足らぬ」「手がかかる」「手を分かつ」「手がつまる」「手がすく」「手がやける」
※竹取(9C末‐10C初)「造麿が手に産ませたる子にてもあらず」
※仰臥漫録(1901‐02)〈
正岡子規〉一「看病人の手もふやして一挙一動悉く傍より扶けてもらふて」
③ 仕事をしたり、物事をとりさばいたりする能力。「手に負えぬ」「手にあまる」
※
源平盛衰記(14C前)三三「郎等宗俊も手の定り戦て」
※平凡(1907)〈
二葉亭四迷〉五七「己は無学で働きがないから、己の手では到底
(とて)も返せない」
④ 人とのかかわりあい、交渉、関係、縁。特に、男女関係にいう。「手をつける」「手を切る」
⑤ 刀や矢などの武器で傷つけること。また転じて、武器によって受けた傷。てきず。「手を負う」
※平家(13C前)四「うらかく矢五所、されども大事の手ならねば、ところどころに灸治して」
※米沢本沙石集(1283)二「手あまた負ながら、命はいまだ絶ざりけり」
[四] (一)で物を持つところから、所有することに関していう。
① 所有することになる者をさしていう。「手に入れる」「手にわたる」「手に落ちる」
※ロドリゲス日本大文典(1604‐08)「ゲンジニ ツタワル チョウホウヲ カタキノ te(テ)ニ ワタサウカ」
※歌舞伎・
蔦紅葉宇都谷峠(文彌殺し)(1856)三幕「お前様のお陰にて無事に我手にある百両」
② 勝負事で、配られたり取ったりして、自分が自由に使えるようになっているもの。手中にあるもの。手の内。手持ち。また特に、将棋の持駒(もちごま)、花ガルタ、トランプなどの持札。手札。「手が見える」
※滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)四「しゃうぎをさしていたるが〈略〉『サアしまった。時にお手はなんじゃいな』」
③ 従えて自分の支配、監督の下にある人々。また、特に中世、部将の配下、軍勢をいう。「手の者」「手下」「手人(てびと)」
※平家(13C前)四「是は一とせ平治の合戦の時、故左馬頭義朝が手に候ひて」
[五] 事を行なうのに(一)を用いるところから、事を行なうための方法や技術に関していう。
① 事を行なうための技術。武芸などのわざ、術など。一定の型ができているわざ。
※源氏(1001‐14頃)帚木「たつた姫といはむにもつきなからず、たなばたのてにもおとるまじく、そのかたも具して」
※彼女と少年(1917)〈徳田秋声〉二「柔道の手を出していいんなら、どんな強い奴でも投げられるよ」
② 書の技術。字を書くわざ。字の書き方。筆法。書風。また転じて、書かれた文字。筆跡。手跡。
※宇津保(970‐999頃)藤原の君「かの御返とおもひて見るに、女のてなり」
※米沢本沙石集(1283)五末「妻が手にて、柱に歌を書けり」
③ 琴、笛、鼓など、音曲のわざ。奏法。また転じて、一定の曲、または調子、譜。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「この三人の人、ただ琴をのみひく、されば、そひゐて習ふに、ひとつの手のこさず習ひとりつ」
※山家集(12C後)中「人にも聞かせぬ和琴のて引きならしけるをききて」
④ 能、舞踊などでの、きまった舞い方。一定の所作。舞の型。
※古今著聞集(1254)一五「手におきては是を略せず、口伝はひかへたるよし申て、起請文におよばず」
※風姿花伝(1400‐02頃)一「舞をも手を定めて、大事にして稽古すべし」
⑤ 双六(すごろく)、囲碁、将棋、連珠などで、石あるいは駒を打つ、その一打ち一打ちをいう。また、その打ち方。特に、きまった型の打ち方。
※枕(10C終)一六一「人と物いふことを碁になして、近う語らひなどしつるをば、てゆるしてけり」
※滑稽本・
浮世風呂(1809‐13)前「ナンノちっと能
(いい)手をさすと洒落らア」
⑥ 技芸のわざのすぐれている人。わざびと。上手(じょうず)。相撲のすぐれた取り手、たくみな書き手など。
※今昔(1120頃か)二三「哀れ、此が男にて有ましかば、合ふ敵无くて手なむどにてこそは有ましか」
⑦ 事を行なうための手段。てだて。また、事を行なう方法。やり方。また、人を思いのままにあやつるための手段。かけひきの手段。口実。「手が良い」「手が悪い」「手がない」「手に乗る」
※洒落本・
通言総籬(1787)二「いささかな事を手にしてねるつもりの、みなきゃうげんにて」
※残夢(1939)〈
井上友一郎〉八「切角好意で云ってくれるのを断わる手はないでしょ」
[六] ある方面や種類。
① ある方角、方面。また、その方面の場所。
※源平盛衰記(14C前)三六「山の手ゆゆしき大事の所に候」
② 各方面に分けられた、それぞれの軍勢をいう。手分けした一部隊。「手を分ける」
※太平記(14C後)三「南の手には五畿内五箇国の兵を被レ向」
③ 種類。
※万宝全書(1694)六「鳴海手〈織部焼〉 此手の茶入、古田織部重勝〈略〉国国へひろめ給ふと也」
※はやり唄(1902)〈小杉天外〉九「はい、此頃は初終(しょっちう)其の類(テ)を召上る様でございます」
[2] 〘語素〙 (下につく場合は連濁して「で」となることもある)
① 名詞、特に、行為または行為の結果できたものを意味する語について、その物事を機械などを用いず人間の手をもってなしたこと、また、自分の手でなしたことを表わす。「手織」「手料理」「手描(てがき)」「手打ち」など。
② 名詞、特に器具や身のまわりの品物を意味する語について、その物が、持ち運び、取扱いに適する小型のものであることを表わす。「手箱」「手槍(てやり)」「手文庫」「手帳」など。
③ 方角や場所を表わす語と熟し、その方向、方面にあるという意味を表わす。「左手」「右手」「上手(かみて)」「下手(しもて)」「面手(おもて)(=表)」「河手」「行手(ゆくて)」など。
④ ある所や人や物を基準にして、それと同じ種類に属していることを表わす。また、固有名詞などについて、稲、陶磁器、古銭、その他の品種、品質を表わす。「なかて」「おくて」「高麗手(こうらいで)」「金襴手(きんらんで)」「厚手」「薄手」「古手」など。
⑤ 動詞の連用形、または、それに相当する句について、その動作をする人、そのことに当たる人などの意を表わす。また転じて、特にそのことにすぐれた人、名手、上手などの意を表わすこともある。「織手」「話し手」「嫁のもらい手」など。
※信心録(ヒイデスの導師)(1592)三「シンラマンザウノ tamotaxerarete(タモタセラレテ)ニテ マシマス」
※歌舞伎・お染久松色読販(1813)序幕「折紙もござりますれば、好みてさへ有れば、弐百両には成ります代物」
⑥ その代わりとなるもの。代償。代価。代金。「酒手」など。
⑦ 中世・近世の入場税、利用税。「山手」「野手」「河手」など。
⑧ 材料の意を表わす。「枛手(つまで)」
⑨ そのようになった所を表わす。地形。「井手(いで)」「池溝(うなて)」「隈手(くまで)」など。
⑩ 形容詞、形容動詞について、もてあつかいが…だ、手や身のこなしが…だ、などの意を添える。また転じて、下の語の意味を強める。「手痛い」「手ごわい」「手厚い」「手広い」「手短」「手丈夫」など。
[3] 〘接尾〙
① (甲矢(はや)と乙矢(おとや)と二本を持って的に向かう式法から) 矢二筋を一組として数える語。的矢、上差(うわざし)について用いる。
※平家(13C前)四「鷹の羽にてはいだりける的矢一手ぞさしそへたる」
② 囲碁、将棋、連珠などの着手の回数。石や駒を打つ数をかぞえるのに用いる。手数。
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)前「どうするのだ。二三手過た事を仕直すぜへ」