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フランク フランク Franck, César Auguste Jean Guillaume Hubert

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フランク
フランク
Franck, César Auguste Jean Guillaume Hubert

[生]1822.12.10. リエージュ
[没]1890.11.8. パリ
フランスで活躍したベルギー生れの作曲家,オルガン奏者。リエージュの音楽院で学び,1835年にパリに行き,38年にパリ音楽院に入った。 51年にサン・ジャン・サン・フランソア聖堂,58年にサント・クロチルド聖堂のオルガン奏者となり,終生その職にあった。

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フランク
フランク
Franck, James

[生]1882.8.26. ハンブルク
[没]1964.5.21. ゲッティンゲン
ドイツアメリカ物理学者ハイデルベルク大学で化学を,ベルリン大学で物理学を学び,1906年ベルリン大学で学位取得。ゲッティンゲン大学教授 (1920) 。 12年より G.ヘルツとともに電子衝突による原子の実験的研究を行い,フランク=ヘルツの実験に成功,原子構造が量子的なものであることを実験的に確証した (20) 。

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フランク
フランク
Frank, Anne

[生]1929.6.12. フランクフルトアムマイン
[没]1945.3? ベルゲン
ユダヤ人で『アンネの日記』の作者。 1933年ナチスの迫害を逃れ一家でオランダに亡命。ドイツ軍がオランダを侵略した 1942~44年,オランダ人の好意でアムステルダム屋根裏にひそんでいたが密告によって 1944年8月4日ゲシュタポに逮捕され,ベルゲンの強制収容所で終戦の直前に姉と同じチフスで亡くなった。

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フランク
フランク
Frank, Il'ya Mikhailovich

[生]1908.10.23. レニングラード
[没]1990.6.22.
ソ連の物理学者。モスクワ大学を終え,レニングラード国立光学研究所に入所 (1931) 。レーベデフ物理学研究所 (34) ,モスクワ大学物理学部長 (44) ,1957年からはドブナの原子核研究室室長を兼ねる。

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フランク
フランク
Frank, Jerome New

[生]1889.9.10. ニューヨーク
[没]1957.1.13. ニューヘーブン
アメリカの裁判官,法学者。リアリズム法学の代表者の一人。 1912年シカゴ大学卒業後弁護士を開業。会社法専門家として有名になった。 32年エール大学法学部の研究員,33年ニューディール関係の連邦機関の法律顧問を歴任したのち,証券取引委員会委員長となる。

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フランク
フランク
Frank, Johann Peter

[生]1745.3.19. ビルマゼンス
[没]1821.4.24. ウィーン
ドイツの医師。近代公衆衛生学の先駆者。シュトラスブルクハイデルベルク両大学で学び,ゲッティンゲン,パビア,ウィーン各大学の教授,バーデンロンバルディなどの地方医官,ロシア皇帝アレクサンドル1世の侍医をつとめた。

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フランク
フランク
Frank, Leonhard

[生]1882.9.4. ウュルツブルク
[没]1961.8.18. ミュンヘン
ドイツの小説家,劇作家。徹底した平和主義者として第1次世界大戦中はスイスに亡命,1933年フランスに亡命,40年アメリカへ渡る。表現主義的な小説『群盗』 Die Räuberbande (1914) 以後,社会主義的な立場から著作,戦争と恋愛を巧みにからませた小説『カールアンナ』 Karl und Anna (27,劇化 29) ,短編集『人間は善良だ』 Der Mensch ist gut (18) ,自伝小説『心臓のある左側に』 Links,wo das Herz ist (52) など。

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フランク
フランク
Frank, Andre Gunder

[生]1929.2.24. ベルリン
ドイツの経済学者。シカゴ大学で経済学を修め,1962年ブラジルへ移住,チリ大学教授 (1968~73) を経て,1973年チリの軍事クーデター西ドイツに帰国,1981年以来アムステルダム大学教授。

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フランク
フランク
Frank,Robert

[生]1924.11.9. チューリヒ
スイス生れのアメリカの写真家。映画のスチールカメラマンとして出発し,1945年から独立した写真家として活躍を始めた。 47年渡米,以後アメリカを活動の場所とし,翌年ニューヨーク近代美術館で個展を開いた。

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デジタル大辞泉の解説

フランク(Anne Frank)

[1929~1945]ユダヤ人の少女。フランクフルトの生まれ。ナチスの迫害を避けるため、家族とともにアムステルダムの隠れ家に移り住む。2年後に強制収容所に送られ、病死。没後、隠れ家での生活を綴った「アンネの日記」が父オットーにより出版された。

フランク(César Auguste Franck)

[1822~1890]フランスの作曲家・オルガン奏者。バッハなどのドイツ音楽の手法を受け継ぎ、晩年独自の形式を確立。作品に、オルガン曲、バイオリンソナタのほか「交響曲ニ短調」など。

フランク(James Franck)

[1882~1964]米国の物理学者。ドイツの生まれ。G=L=ヘルツとともに、ボーアが仮定した原子不連続エネルギー準位の存在を証明。1925年、ノーベル物理学賞受賞。

フランク(frank)

[形動]気どったところがないさま。ざっくばらん。率直。「―な性格」「―に話す」

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百科事典マイペディアの解説

フランク

ベルギー生れのフランスの作曲家。リエージュでワロン人の父とドイツ人の母の間に生まれる。同地の音楽院を経て1837年パリ音楽院(コンセルバトアール)に入学,ピアノ,オルガン,対位法を学ぶ。
→関連項目アリアオルガン標題音楽ルーセル

フランク

ドイツ出身の米国の物理学者。1920年ゲッティンゲン大学教授。G.ヘルツと協力して,水銀等の原子に種々の運動エネルギーをもつ電子をあて,原子のエネルギー吸収があるとびとびの値をもって行われること(エネルギー準位の存在),およびこれにより励起された原子が放出するスペクトルの振動数に量子的関係が成立することを明らかにし,ボーアの原子構造論(原子構造)に実験的裏づけを与えた。

フランク

いわゆる《アンネの日記》を書いた少女として知られる。ドイツのフランクフルト・アム・マインのユダヤ系実業家の家に生まれ,1933年アムステルダムに移住。ドイツ占領下で家族とともに隠れ住んだが1944年8月逮捕され,1945年3月ベルゲン・ベルゼン収容所で病死した。
→関連項目アンネの日記

フランク

フランケンとも。西ゲルマンに属する部族。Frankとは本来自由,大胆を意味する語で,古くはこの部族名はなかったが,3世紀ころから,ライン川東岸中下流域に居住するサリ族,リプアリア族などの多くのゲルマン小部族を漠然と示す呼称になった。
→関連項目イタリア民族大移動

フランク

ソ連の物理学者。モスクワ大学を出て,1934年レーベデフ物理学研究所員,1944年モスクワ大学教授。タムと協力しチェレンコフ効果の数学的理論を展開,チェレンコフ,タムとともに1958年ノーベル物理学賞
→関連項目チェレンコフ

フランク

米国の写真家,映画作家。チューリヒ生れ。1941年ころからチューリヒで写真スタジオの見習や,映画のスチール撮影などの仕事をする。1947年ニューヨークに移り,雑誌《ハーパーズ・バザー》《ジュニア・バザー》にファッション写真家として採用される。
→関連項目ウィノグランドメカス

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

フランク

ベルギーに生まれ主にフランスで活躍したが、国籍の問題で学校への入学を拒否された経験を持つ。また、当事の神童を騒ぎ立てもてはやす風潮に幼いフランクも巻き込まれ、このような複雑な文化的背景や両親からの干渉 ...続き

出典|(社)全日本ピアノ指導者協会
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世界大百科事典 第2版の解説

フランク【Anne Frank】

1929‐45
いわゆる《アンネの日記》で知られる少女。ユダヤ系実業家の娘としてドイツのフランクフルト・アム・マインに生まれ,1933年アムステルダムに移住する。ドイツ占領下のアムステルダムでユダヤ人の強制移送を逃れるため,42年夏から家族とともに民家の屋根裏に隠れ住む。44年8月逮捕され45年3月ベルゲン・ベルゼン収容所で病死した。隠れ家での生活をつづった日記は,46年父親の手で刊行され,ナチスによるユダヤ人迫害に対する比類のない告発として全世界に知られるにいたった。

フランク【César Franck】

1822‐90
ベルギー生れのフランスの作曲家,オルガン奏者,教育者。息子をピアニストにすることを夢見た父親の計画に従ってリエージュの音楽院,次いでパリ音楽院で学んだ。しかし彼は父親の期待に反して作曲に関心を寄せたため,1842年音楽院を退学させられ,演奏活動にはいったが成功しなかった。その後専制的な父親のもとを離れた彼は,生徒を教え,教会のオルガン奏者を務めながら作曲に専心した。1858年パリのサント・クロティルド教会のオルガン奏者となり,オルガニストとしての評価がしだいに高まる。

フランク【James Franck】

1882‐1964
アメリカの物理学者。ドイツのハンブルクの生れ。ハイデルベルク大学で化学を学ぶが,1902年ベルリン大学に移って物理学に転ずる。最初,E.G.ワールブルクの下で気体放電の研究を行ったが,まもなくイオンの可動性についての研究に進み,遅い電子と不活性気体原子との衝突を調べ,その過程が弾性衝突であることを見いだした。また13年以降,G.L.ヘルツと共同で電子衝突の研究を行い,14年電子が4.9eV以上の運動エネルギーをもつときにのみ水銀原子にそのエネルギーを与えることができ,そのエネルギーを吸収した水銀原子が2537Åの共鳴線を放出することを見いだした(フランク=ヘルツの実験)。

フランク【Jerome Frank】

1889‐1957
アメリカの法律家でリアリズム法学の代表的論客の一人。1912年シカゴ大学卒業後長く弁護士として活躍した。リアリストの多くと同じく,ニューディール政策の支持者であり,みずからも証券取引委員会(SEC)の委員長として同政策の推進に当たった。41年以後は第2巡回控訴裁判所判事の地位にあった。 フロイト精神分析学の成果を法学に採り入れた《法と現代精神》(1935)やゲシュタルト心理学の影響が見られる《裁かれる裁判所》(1949)等の著者としても著名で,裁判過程の不確実性を強調する点において他のリアリストと共通するが,フランクの場合は,判決の構成要素とされる法規範と事実のうち,とりわけ後者に不確実性の由来を求める点に特徴を見出すことができ,みずからの立場を事実懐疑論fact scepticismとして,ルーウェリン等の規範懐疑論rule scepticismと区別した。

フランク【Johann Peter Frank】

1745‐1821
ドイツの医学者。近代公衆衛生学の創始者の一人。ドイツのロータルベンに生まれた。フランスで哲学を学んだ後,1766年にハイデルベルク大学で医師試験に合格し,ロートリンゲンのビッチやドイツのバーデンで臨床経験を積んだ。この時期に,妻を産褥(さんじよく)熱で,子どもを痘瘡(とうそう)で亡くしたことも一因となり,公衆衛生に関する百科全書的著作に取り組む決意を固めた。バーデン・バーデンラシュタットで宮廷医を経験しつつ著述をすすめ,79年に《医事行政大系》第1巻を刊行した(全6巻は1817年に完結)。

フランク【Robert Frank】

1924‐
アメリカの写真家。スイスのチューリヒに生まれ,ジュネーブバーゼルなどの商業写真家の下で写真の勉強をする。1947年ニューヨークに渡り《ハーパーズ・バザー》でファッション写真の仕事をする。その後南アメリカスペインイギリスを旅行しながら写真を撮るが,52年再びニューヨークに戻り,55年外国人としてはじめてグッゲンハイム財団奨学金を受けた。それをもとに約2年間アメリカ中を自動車でまわり写真を撮り,写真集《アメリカ人》(1958)を出版した。

フランク【Sebastian Franck】

1499‐1542
宗教改革期のドイツにおける代表的な心霊主義者。初めルター主義者だったが,あらゆる既成教会における内なる霊の疎外現象に気づき,無党派的心霊主義者となり,文筆をもってそれを批判し続けた。彼の理念は,あらゆる外的なものを捨て去り,不可視なる神の言葉によってのみ統治される見えざる霊の教会であった。正統派に迫害されたが,彼の思想は,オランダに受け継がれ,宗教的寛容を培った。著書に《歴史聖書》(1531),《背理》(1534),《ゲルマニア》(1539)などがある。

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大辞林 第三版の解説

フランク【Franck】

〔César Auguste F.〕 (1822~1890) ベルギー生まれのフランスの作曲家・オルガン奏者。晩年に循環形式を中心とした緻密な構成によるすぐれた作品を多数作曲。代表作「交響曲ニ短調」「弦楽四重奏曲」、他にオルガン曲など。
〔James F.〕 (1882~1964) ドイツ生まれのアメリカの物理学者。 G =ヘルツとともにフランク-ヘルツの実験と呼ばれる方法で、ボーアが仮定した原子のエネルギー準位の不連続性を確かめた。

フランク【Frank】

〔Andre Gunder F.〕 (1929~2005) ドイツ出身の経済学者。ラテン-アメリカの従属理論・低開発の発展の理論で知られる。著「従属的蓄積と低開発」など。
〔Robert F.〕 (1924~ ) スイス出身の写真家。アメリカ全土を自動車で回り、揺れ動く視線で情景を記録した写真集「アメリカ人」で衝撃を与える。映画作家としても活躍。

フランク【Frank】

西ゲルマンの一部族。民族大移動期にライン川東岸の原住地を保持しつつガリア地方に勢力を拡大し、五世紀末フランク王国を建国。

フランク【frank】

( 形動 )
率直なさま。遠慮のないさま。 「 -に話す」 「 -な態度」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のフランクの言及

【バイオリン】より

…メンデルスゾーンの《バイオリン協奏曲》にはダーフィトFerdinand David(1810‐73)が協力し,J.ヨアヒムのためには,シューマン,ブルッフ,ブラームス,ドボルジャークなどが優れた協奏曲を書いている。高度の名人芸を優れた音楽性に結びつけようとした19世紀後半のバイオリン曲には,同時代の名演奏家P.deサラサーテにささげられたE.ラロの《スペイン協奏曲》(1873)やサン・サーンスの《バイオリン協奏曲第3番》(1880),またソナタとしては,ブラームスの3曲(1879,86,88),ベルギーの名手E.A.イザイエにささげられたC.フランクの傑作(1886),ノルウェーの抒情性に富んだE.グリーグの第3番(1887)などがあり,今日の演奏会の重要な曲目を形成している。 調性を離れた革新的な作曲語法の探究という20世紀音楽のおもな潮流は,バイオリンの旋律的性格とは異質な音響世界の構築へと向かった。…

【フランス音楽】より


[中世]
 4~8世紀,キリストの教会の一分枝であるガリア教会は,独自の典礼と聖歌を実践していた。資料が乏しいためその実体は不詳だが,フランク国王ピピンが,政治的理由と広域にわたっている臣下を一つの精神的な共同体に包み入れる目的とで,754年ローマ教会の典礼と聖歌(グレゴリオ聖歌)を用いることに踏み切ったのち,後者にガリア聖歌ほかの地方的な聖歌は吸収されていったようである。ただし今日のグレゴリオ聖歌の曲目には,8~9世紀ガリア地方で形成されたものが多いと考えられている。…

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