[1] 〘名〙
[一] 数としての一。一個。単一なもの。それだけであること。
① 物や
物事を数えるときにいう。一個。また、一歳。
助数詞を伴わないで、単に「
ひとつ」と数えることが多い。
※
書紀(720)神武即位前甲寅年一〇月「一柱騰宮を造りて饗
(みあへ)奉る〈一阿斯毗苔徒鞅餓離能宮
(あしヒトツあがりのみや)と云ふ〉」
② 容器一個の量。特に酒など飲食物について、副詞的に用いる。
(イ) 一杯、またはすこしの意を表わす。
※
謡曲・
一角仙人(1520頃)「酒
(しゅ)をひとつ持ちて候、ひとつ聞こしめされ候へ」
(ロ) なみなみといっぱいであることを表わす。
※虎寛本狂言・樋の酒(室町末‐近世初)「『何と酒が行か』『中中、はや一つ有るは』」
③ 行為や状態などひとまとまりの事柄を数える場合にいう。副詞的に用いて、すこしの意をも表わす。
※東大寺諷誦文平安初期点(830頃)「一(ヒトツ)の行(しわざ)の端を以て百の行を知りぬ」
※
更級日記(1059頃)「この文
(ふみ)に書かれたりし、ひとつたがはず、この国の守とありしままなるを」
※黄表紙・奇妙頂来地蔵の
道行(1832)「百両二百両
(ヒトツふたつ)もまうけるさんだん」
⑤ 名詞の後にあって、それを限定、または強調するのに用いる。
(イ) 後に否定の語を伴って強調する。すこしも。…さえ。「物音一つしない」「ちり一つない」
※
滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「守
(もり)が一つ出来ねへのに」
(ロ) (心などが)ひとすじであること。また、それだけが重要であること、それ次第であることを表わす。
※
万葉(8C後)一一・二六〇二「黒髪の
白髪までと結びてし心一
(ひとつ)を今解かめやも」
※
源氏(1001‐14頃)
夕顔「御心ざしひとつの浅からぬに、よろづの罪許さるるなめりかし」
(ハ) 一個の物や物事を挙げて、それをすこしでも、という
気持を表わす。「文句の一つも言ってやりたい」
※高野本平家(13C前)四「那智新宮の物共に、矢一(ヒトツ)いかけて、平家へ子細を申さん」
⑥ 名詞の直前にあって、その物だけで孤立していることを表わす。「一つ松」「一つ星」
⑦ (「わが身ひとつ」の意) 他の誰でもない自分。
⑧ (「…のひとつ」の形で) ある範囲に属しているものであることを表わす。
※現代経済を考える(1973)〈
伊東光晴〉III「今日的無政府生産の表現形態のひとつといってもよい」
[二] 異なる二つ以上の物が同一になること、複数の者が一つの物を共用することを表わす。同一なこと。名詞の上に付いて複合語をつくることが多い。
① 同一の物や場所を示す。二つ以上の物が、その場所などを共有するような場合にいう。「ひとつ后腹(きさいばら)」「ひとつ家(や)」など。
※更級日記(1059頃)「姪どもも、生まれしよりひとつにて、夜は左右に臥しおきするも」
② いくつかの物事が、あたかも単一の物のように、いっしょになって同一の状態をなすさま。一体化したもの。「ひとつ心」「ひとつ事」など。
※万葉(8C後)三・二七六「妹も我れも一
(ひとつ)なれかも三河なる
二見の道ゆ別れかねつる」
③ 同一の種類であることをいう。「ひとつ色」「ひとつ涙」
※古今(905‐914)秋上・二四五「みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋は色々の花にぞありける〈よみ人しらず〉」
④ 一種。ある種。厳密にいえばその範疇(はんちゅう)にははいらないが、考えようによっては、これもその中に入れてもよい、というような場合にいう。
※滑稽本・
浮世床(1813‐23)二「姑婆も、〈略〉慳貪邪見の角を折らば、これもひとつの済度なるべし」
[三] 第一。
① 順序数としての第一番目を表わす。一番目。
※竹取(9C末‐10C初)「其時ひとつの宝なりける
鍛冶匠(かぢたくみ)六人を召しとりて」
※古今(905‐914)
仮名序「そのむくさのひとつには、そへうた」
② 奈良・平安時代の定時法における十二辰刻の一つを四等分したものの第一。
※
伊勢物語(10C前)六九「子
(ね)ひとつ許に、を
とこのもとにきたりけり」
[四] (「ひとつは」または「ひとつには」の形で用いる) 他と対比して、一方。
※謡曲・檜垣(1430頃)「われに
言葉を交はしけるぞや、ひとつは末世の
奇特ぞと、思ひながらも尋ね行けば」
[2] 〘副〙
① 思いたって何かを始めたり、試みたりする気持を表わす語。試みに。ちょっと。
※人情本・春色梅美婦禰(1841‐42頃)二「お前まア性根をすへて一つ思案をしてお呉な」
② 軽く人に物を依頼するときに用いる。どうか。「ひとつよろしくお願いします」
※医師高間房一氏(1941)〈田畑修一郎〉一「これは一つ、どうしても今後こちらのお力にすがらないことには立っていけないと」
③ あるべき状態から少しそれているさまを表わす。「今ひとつぴんと来ない」
※良人の自白(1904‐06)〈木下尚江〉続「白井が馬鹿に堅過ぎたんですよ、其が一つ逸れたから堪らない、極端まで行って仕舞ったんですね」