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岡山(市) おかやま

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

岡山(市)
おかやま

岡山県南部、岡山平野の中央に位置する市で、県庁所在地。1889年(明治22)市制施行。当時の人口は4万7564。1899年三櫂(みさお)村、1921年(大正10)伊島、石井、鹿田(しかた)の3村、1931年(昭和6)福浜、宇野、平井の3村、1952年(昭和27)牧石、大野、今、芳田(よしだ)、白石、甲浦(こううら)、三蟠(さんばん)、沖田、操陽(そうよう)、富山(とみやま)の10村、1954年財田(さいでん)町と高島、幡多(はた)、小串(こぐし)の3村、1969年西大寺市、1971年1月津高、一宮(いちのみや)、高松の3町、同年3月妹尾(せのお)、吉備(きび)の2町と福田村、4月上道(じょうとう)、足守(あしもり)の2町と興除(こうじょ)村、1975年藤田村、2005年(平成17)御津(みつ)、灘崎(なださき)の2町をそれぞれ編入。1996年中核市に移行。2007年1月瀬戸(せと)町、建部(たけべ)町を編入。2009年4月1日政令指定都市に移行、東区、中区、北区、南区がつくられた。面積789.91平方キロメートル(一部境界未定)、人口70万9584(2010)。[由比浜省吾]

自然

市域北部は吉備(きび)高原南縁部で、最高点は標高550メートルを超える。旭(あさひ)川は吉備高原を深く下刻し、笹ヶ瀬(ささがせ)川、足守川はこの高原を水源として岡山平野に入る。市域東部は吉井(よしい)川下流のデルタである。低平な岡山平野の南西部は児島(こじま)湾干拓地であり、児島湖、児島湾の南側は児島半島で、分水界には南区の金甲山(きんこうざん)(403メートル)や貝殻(かいがら)山(289メートル)があり、この一帯は光南台(こうなんだい)とよばれる。市の中心部の小丘は小島が陸封されたもので、岡山の地名はこの小丘に由来する。気候は温暖寡雨な瀬戸内式の海岸性を示し、2005年の年平均気温は16.4℃、年降水量は約1480ミリメートル。災害は比較的少なく、台風も激しいものは襲来しない。1934年の室戸(むろと)台風が今日までの最大の被害をもたらした。1946年の南海地震の際に旭川左岸の新田地帯に地盤沈下が生じたほかには地震災害もとくに発生していない。[由比浜省吾]

歴史

市域には先史時代の遺跡が多く、初期稲作以来の遺跡の重層した北区の津島遺跡はその典型である。古墳時代に入ると、吉備文化の力を示すように、造山(つくりやま)古墳(北区。国史跡)をはじめ大規模な古墳が多い。条里遺構の残る地区も多く、備前(びぜん)の国府は旭川左岸の現中区国府市場にあった。古代の鹿田荘(しょう)のほかに中世にかけては足守荘、大井荘、生石(おほし)荘、妹尾荘、大安寺荘など著名な荘園が置かれた。鎌倉時代には広瀬郷内に市が開かれ、鹿田庄にも市場集落が発達し、金岡(かなおか)東庄の西大寺門前(東区)にも市場ができた。宇喜多直家(うきたなおいえ)とその子秀家(ひでいえ)のときに岡山(北区)に城下町が建設され、山陽道と旭川の付け替えが行われた。1600年(慶長5)に小早川氏、ついで池田氏の領地となるが、1632年(寛永9)鳥取から入封した池田氏が明治維新まで藩主となり、岡山は31万5200石の城下町として繁栄した。なお、西大寺は西大寺観音院の門前町で吉井川の川湊(みなと)、足守は木下氏、備中高松(北区)は花房氏の陣屋町、庭瀬(にわせ)(北区)は古い川湊であるとともに、戸川氏、板倉氏の陣屋町、吉備津(宮内)(北区)は吉備津神社の門前町、御津(北区)は岡山藩家老日置(ひき)氏の陣屋町としておこった所である。岡山藩は児島湾の干拓に力を注ぎ、17世紀前半には旭川右岸の福浜新田、米倉新田など、17世紀後半には右岸の松崎新田、金岡新田、倉田新田、幸島(こうじま)新田、沖新田がつくられ、19世紀には興除新田が干拓された。明治以後の大規模な干拓は藤田組とこれを継承した農林省により行われた。[由比浜省吾]

産業

近世以来商業都市としての色彩が強く、現在も第三次産業の就業人口が大部分を占める。関西経済圏の一部を構成するが、新全国総合開発計画以来、東瀬戸圏の中核都市を目標に開発政策をとった。
 農業は水稲作が中心で、かつて全国的中心地であったイグサ栽培は激減した。モモ、ブドウは北部丘陵地域に、野菜は旭川谷底部や吉井川流域などに、花卉(かき)は金山寺(かなやまじ)、南区小串(こぐし)で栽培されている。とくにマスカットを中心とする温室ブドウは、北区の一宮、津高地区が主産地で、全国的シェアも大きい。工業は明治以後に岡山、西大寺で紡績業が近代工業の先駆けとなったが、今日では衰退している。2004年の製造品出荷額では食料品が市内第1位、電気機器第2位、化学工業第3位、一般機械器具が第4位となっている。しかし、概して中小企業が多く、市街地の西半、岡山港付近の岡南(こうなん)地区に立地している。北区の久米、東岡山および児島湖岸には中小企業団地がある。農機具製造は大正時代以降長い間全国的中心であったが、今日ではシェアは大きく低下している。商業は県下全域への卸売り機能をもっているが、しだいに大都市の卸商の進出、県下小売商の直接仕入れなどにより卸売業は停滞気味。西郊の中仙道(なかせんどう)に県の卸センターがあり、また瀬戸大橋完成に伴って北区大内田から都窪(つくぼ)郡早島町にかけて県総合流通センターがつくられた。小売業では中心商店街は歴史的な表町(おもてちょう)と新興の岡山駅前商店街が二大中心で、表町は専門店会発祥地であり、また第二次世界大戦後早く各バス会社の乗り入れるバスターミナルを設置したことで注目される。[由比浜省吾]

交通

JRの新幹線、山陽本線、宇野線、津山線、吉備線、赤穂(あこう)線の交点として、中国地方随一の交通要地であり、本四備讃線(瀬戸大橋線)も1988年開通した。国道は2号、30号、53号、180号、250号、429号の交点で、1993年(平成5)に山陽自動車道、1997年岡山自動車道が開通。新岡山港からは小豆(しょうど)島行きフェリーがある。北区日応寺地区に建設されていた岡山新空港(岡山空港)は、1988年供用開始となった。[由比浜省吾]

文化・観光

旧制第六高等学校、岡山医大などを母体とする岡山大学をはじめ、7大学、4短大があり、北区の県立美術館、県立博物館、林原(はやしばら)一郎の収集品を展示する林原美術館、市立オリエント美術館、中区の夢二郷土美術館、北区の岡山シンフォニーホールなど文化施設が多い。サン・ノゼ(アメリカ)、サン・ホセ(コスタリカ)、プロブディフ(ブルガリア)、洛陽(らくよう)(中国)、富川(プチョン)(韓国)、新竹(シンチュー)(台湾)の各市と姉妹都市の縁組みをしている。北区の市中心部に後楽園(こうらくえん)(特別名勝)と岡山城(烏城(うじょう))、東郊中区に藩主池田家菩提(ぼだい)寺の曹源(そうげん)寺がある。市の西郊は「吉備路」とよばれ、造山古墳、吉備津神社(本殿及び拝殿は国宝)、吉備津彦神社などの史跡が多い。高松地区には高松城跡(国史跡)や最上稲荷(さいじょういなり)、足守地区には足守八幡宮(はちまんぐう)、侍屋敷や藩主の庭園だった近水(おみず)園(以上北区)、西大寺には会陽(えよう)行事(県指定重要無形民俗文化財)で有名な西大寺観音院、児島半島には瀬戸内海国立公園の一部金甲山がある。[由比浜省吾]
『『岡山市史』全9巻(1962~1968・岡山市) ▽岩津政右衛門著『岡山城と城下町』(1972・日本文教出版) ▽『岡山市百年史』全4巻(1989~1997・岡山市)』

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