(読み)アク

デジタル大辞泉 「悪」の意味・読み・例文・類語

あく【悪】

[名]
わるいこと。人道・法律などに反すること。不道徳・反道徳的なこと。「に染まる」「の道に走る」「張本ちょうほん」⇔
芝居などで、敵役。「じつ」「色
[接頭]人名・官名などに付いて、性質・能力・行動などが、あまりにすぐれているのを恐れていう意を表す。「七兵衛景清」
[類語](1とが過ち罪悪罪科罪過犯罪罪障罪業悪徳背徳不徳不仁不義不倫破倫悪行あくぎょう悪事違犯悪い悪辣奸悪邪悪奸佞陰険性悪悪性俗悪凶悪極悪悪逆巨悪諸悪暴悪卑劣陋劣ろうれつ狡猾こうかつよこしまさがない腹黒い腹汚い悪賢いずる賢い小賢しいずるいこすいこすっからいあくどいさかしいさかしら老獪/(2凶漢凶賊奸賊海賊山賊賊徒賊子逆賊謀反人悪人悪者悪漢悪党悪玉悪女毒婦食わせ物詐欺師山師ペテン師いかさま師わる凶徒凶手人非人人でなし奸物曲者暴漢暴れ者暴れん坊暴徒荒くれ者ごろつきならず者地回りやくざ暴力団無頼漢無法者与太者ごろちんぴらあぶれ者

わる【悪】

《形容詞「わるし」の語幹から》
悪いこと。また、いたずら。わるさ。「をする」「しょう
悪人。悪党。また、悪いことをする子供。「学校一の
他の語の上に付いて複合語をつくり、悪い、不快である、害になる、度が過ぎるなどの意を表す。「知恵」「酔い」「乗り」「ふざけ」
[類語]凶漢凶賊奸賊海賊山賊賊徒賊子逆賊謀反人悪人悪者悪漢悪党悪玉悪女毒婦食わせ物詐欺師山師ペテン師いかさま師あく凶徒凶手人非人人でなし奸物曲者暴漢暴れ者暴れん坊暴徒荒くれ者ごろつきならず者地回りやくざ暴力団無頼漢無法者与太者ごろちんぴらあぶれ者

あく【悪〔惡〕】[漢字項目]

[音]アク(呉)(漢) (ヲ)(漢) [訓]わるい あし にくむ
学習漢字]3年
〈アク〉
正しくない。わるいこと。「悪意悪質改悪害悪旧悪凶悪極悪最悪罪悪邪悪醜悪
不快な。いやな。「悪臭悪感情
よい状態にない。上等でない。「悪衣悪食悪筆粗悪劣悪
〈オ〉
不快に思う。にくむ。「嫌悪好悪憎悪
気分がむかむかする。「悪寒悪阻おそ
〈わる〉「悪気わるぎ悪口性悪しょうわる
[難読]悪戯いたずら悪阻つわり

お【悪】[漢字項目]

あく

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精選版 日本国語大辞典 「悪」の意味・読み・例文・類語

し【悪】

  1. 〘 形容詞シク活用 〙 物事の本性、状態などがよくない。また、それに対して不快な感じをもつ。悪い。いけない。だめである。⇔よし
  2. ( 善悪、正邪の判断の立場から ) (物事の本性、本質が)悪い。邪悪である。
    1. [初出の実例]「毒(アシキ)酒を醸(か)むで、飲ましむ」(出典:日本書紀(720)神代上(水戸本訓))
    2. 「御心の直きに、あしき神のよりつくぞ」(出典:読本・春雨物語(1808)血かたびら)
  3. (人の性質、態度や物の状態などが)悪くて気に入らない。いけない。けしからぬ。また、思いやりがない。つれない。
    1. [初出の実例]「筑波嶺(つくはね)に背向(そがひ)に見ゆるあしほ山安志可流(アシカル)(とが)もさね見えなくに」(出典:万葉集(8C後)一四・三三九一)
    2. 「もとの女、あしと思へるけしきもなくて」(出典:伊勢物語(10C前)二三)
  4. (運命や縁起が)悪い。ひどい。凶だ。
    1. [初出の実例]「にくき者のあしき目見るも、罪や得(う)らんと思ひながら、またうれし」(出典:枕草子(10C終)二七六)
    2. 「『けふの首途(かどで)あしや』と、皆々腹立(ふくりう)して」(出典:浮世草子・好色五人女(1686)一)
  5. (人の機嫌や気分が)悪い。
    1. [初出の実例]「きたなき所の物きこしめしたれば、御心地あしからん物ぞ」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
    2. 「よね、さけしばしばくる。かじとりけしきあしからず」(出典:土左日記(935頃)承平五年正月一四日)
  6. (風、雲、海など自然の状況が)荒れ模様だ。険悪である。
    1. [初出の実例]「けふ、かぜくものけしきはなはだあし」(出典:土左日記(935頃)承平五年二月四日)
  7. (容姿や様子などが)悪い。醜悪だ。見苦しい。
    1. [初出の実例]「よき女といへど、一人あるは、あしき二人に劣りたるものなれば」(出典:宇津保物語(970‐999頃)吹上上)
  8. (血筋、身分、経済状態などが)悪い。貧しい。いやしい。
    1. [初出の実例]「いかにしてあらむ、あしうてやあらむ、よくてやあらむ」(出典:大和物語(947‐957頃)一四八)
    2. 「冬はついたち、つごもりとて、あしきもよきもさわぐめるものなれば」(出典:蜻蛉日記(974頃)上)
  9. (技能、配慮などが)悪い。へただ。拙劣だ。
    1. [初出の実例]「中納言『あしくさぐればなき也』と腹立ちて」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
    2. 「手はいとあしうて歌はわざとがましくひきはなちてぞ書きたる」(出典:源氏物語(1001‐14頃)早蕨)
  10. (品質が)悪い。粗末だ。
    1. [初出の実例]「下衆(げす)女のなりあしきが子負ひたる」(出典:枕草子(10C終)一二二)
  11. ( 動詞の連用形に付いて ) …するのが苦しくていやだ。…するのが難儀だ。
    1. [初出の実例]「あをによし奈良の大路は行きよけど此の山道は行き安之可里(アシカリ)けり」(出典:万葉集(8C後)一五・三七二八)

悪の語誌

( 1 )類義語の「わろし」「わるし」は平安時代に現われる。「あし」が「悪しき道」「悪しき物」のように、客観的な基準に照らしての凶・邪・悪をいうのに対して、「わろし」は個人の感覚や好悪に基づく外面的相対的な評価として用いられる。両語の間には程度の上下が存するという説もあったが、確例は認められていない。
( 2 )中世のある時期から、「あし」は次第におとろえ、「わろし」から転じた「わるし」「わるい」が、従来の「あし」の意味をも合わせもつようになり、「あし」は、「よしあし」という複合語や文語文の中に残存するにすぎなくなった。なお、室町頃から一時期、口語形「あしい」の形も行なわれた。

悪の派生語

あし‐げ
  1. 〘 形容動詞ナリ活用 〙

悪の派生語

あしげ‐さ
  1. 〘 名詞 〙

悪の派生語

あし‐さ
  1. 〘 名詞 〙

あく【悪】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙
    1. ( 道徳、正義、法などに反することをいう ) わるいこと、よこしまなこと。また、そういう行為、ふるまいをさす。⇔
      1. [初出の実例]「この人内には悪の心を含めりけれど、外にはなお僧の姿なり」(出典:観智院本三宝絵(984)上)
      2. 「社会の悪(アク)を自ら醸造して」(出典:野分(1907)〈夏目漱石〉一一)
    2. 邪気。悪気(あっき)
      1. [初出の実例]「あくをふくめる毒蛇に向かひて」(出典:宇津保物語(970‐999頃)俊蔭)
    3. 悪口。悪態。
      1. [初出の実例]「よくあくをいひなんす。ちっとだまりなんし」(出典:洒落本・妓娼子(1818‐30)下)
    4. 歌舞伎など芝居で、悪人の役を演ずる者。かたきやく。悪役。
      1. [初出の実例]「今は敵(かたき)も立役も白い面(かほ)や薄肉とやらでするゆゑ、孰(どれ)が実か悪(アク)かわかりませぬ」(出典:滑稽本・浮世風呂(1809‐13)四)
  2. [ 2 ] 〘 接頭語 〙
    1. 道徳、正義、法などにそむくことを表わす。
      1. [初出の実例]「善天狗、悪天狗と云て二類あり」(出典:梵舜本沙石集(1283)七)
    2. 望ましくない、好ましくない、快くないなどの意を表わす。「悪条件」「悪趣味」「悪感情」など。
      1. [初出の実例]「婦人の卑屈なる依頼心、亦た最も与(あづか)りて悪風習の因となれるなるべし」(出典:妾の半生涯(1904)〈福田英子〉一三)
    3. ( 人名あるいはそれに準ずる語について ) その人が抜群の能力、気力、体力を持っていて恐るべきであることを表わす。「悪源太」「悪左府」など。
      1. [初出の実例]「善悪を糺(ただ)されければ時の人、悪左大臣とぞ申しける」(出典:保元物語(1220頃か)上)

わる【悪】

  1. [ 1 ] ( 形容詞「わるい」の語幹 ) 悪いこと。よくないこと。下手なこと。多く感動表現に用いる。
    1. [初出の実例]「あなはるやといふを、いとあやしう、この御方には、かう用意なきこと聞えぬものを」(出典:源氏物語(1001‐14頃)真木柱)
  2. [ 2 ] 〘 名詞 〙
    1. 悪者。悪人。悪徒。悪党。〔俚言集覧(1797頃)〕
      1. [初出の実例]「貴様といふ悪者(ワル)の出来て」(出典:大つごもり(1894)〈樋口一葉〉下)
    2. いたずらもの。いたずらをする子ども。悪童。悪餓鬼。
  3. [ 3 ] 〘 造語要素 〙 種々の語の上に付いて、悪い、不快である、害になる、過度であるなどの意を添える。「わるあがき」「わるがしこい」「わるよい」「わるえんりょ」など。

わろ【悪】

  1. ( 形容詞「わろい」の語幹 ) 悪いこと。わる。感動表現に用いる。
    1. [初出の実例]「猶わろの心や」(出典:源氏物語(1001‐14頃)手習)

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改訂新版 世界大百科事典 「悪」の意味・わかりやすい解説

悪 (あく)
evil
bad

悪はふつう善の反対語とされている。しかし〈よい-わるい〉という日本語の対比は,英語の〈good-bad〉と同様に,道徳的意味だけには限られない。例えば,〈美-醜〉〈吉-凶〉〈幸-不幸〉なども〈よい-わるい〉の区別に含まれる。したがってこれらの反対概念の組の中で〈善・悪〉という形で対比される場合を,道徳的意味に限定された〈よいこと・わるいこと〉を意味するものとして考えることができよう。ただし漢語の〈悪〉は元来,もっと広い意味を持っていた。〈悪〉という字の〈亜〉は古代の住居の基址を上から見た形で,押さえつけられたいやな感じをあらわすとされるし,北京語の〈悪心〉は,胸がつかえたときの不快感をいう。

 悪とは何かという問題は,昔から倫理学の難問とされてきたが,西洋と東洋ではかなり違った考え方が見られる。西洋では,古代キリスト教の教父たちがこの問題と取り組んでいる。キリスト教の正統教義では,絶対者としての神が宇宙と人間を創造したと考えるので(〈無からの創造〉),神はなぜ悪をつくったのかという疑問が生まれる。言いかえれば,神はいっさいの悪の性質を持たない最高善の存在であるのに,その神が創造した世界に悪が存在するのはなぜなのか,という難問である。この場合,教父たちの間には二つの考え方の対立があった。一つはプラトンの宇宙形成説に近い考え方である。プラトン哲学では形相と質料の二元論をとる。形相はもののかたちにみられる理念であり,霊的要因を示す。質料はその素材であり,物質的要因を示す。彫刻家が素材からつくり出す形相は,彼の心の中にある霊的直観を示している。これと同じように,神は混沌とした形のない質料に霊の息吹を吹き込んで形相を与え,宇宙を形成したとプラトンはいう。この場合,形相は善美なもの(カロカガティア)であるが,質料はこれに抵抗する傾向,すなわち悪への傾向を持つという考え方が,新プラトン主義グノーシス主義やストア哲学の中にあった。2世紀ころの教父アテナゴラス,殉教者ユスティノス,ヘルモゲネスなどはこのような考え方から影響を受け,神は悪への傾向を含んだ質料から世界を形成したと説いた。つまり,神そのものは絶対の善なのであるが,宇宙の素材である質料の中に悪があった,したがって悪をつくったのは神ではない,というのである。この宇宙形成説は,倫理学の見地から見ると,大宇宙(マクロコスモス)と小宇宙(ミクロコスモス)である人間を対応させ,人間の本性の中にある形相と質料,霊と肉,善への傾向と悪への傾向の対抗関係を認める人間観に立っている。その点で,この考え方は,心理学的にみた人間性の現実の姿と適合したところがある。

 けれどもこの考え方に従うと,世界を形成した神に先立って,宇宙の素材である質料が存在したことになる。したがって,〈無からの創造〉という正統的教義に反する結論に導かれる。このため,オリゲネス,テルトゥリアヌスら多くの教父は形成説に反対し,神は質料も含めて,宇宙を無から創造したと主張した。この宇宙創造説の難点は,先に言ったように,神はなぜこの世に悪をつくったのか,という疑問が生まれるところにある。この難問を克服するために,悪とは〈善の欠如〉である,というキリスト教倫理学の定義が生まれる。〈善の欠如〉とは,簡単にいえば,悪それ自体は本来存在しないという考え方である。言いかえれば,善という存在と悪という存在の二つがあるわけではなく,悪とは善の分量が少ないか,ゼロになった状態を意味するにすぎないというのである。ではいったい,悪がこの世にはびこるのはなぜなのか。それはアダムが神の命令に背いて堕落したように,宇宙と人間を創造した神の意志にそむく人間の本性的傾向(原罪)の中にある。このような考え方は,アウグスティヌストマス・アクイナスに受け継がれて,キリスト教の正統的人間観になった。この考え方は理論的には形相と質料の二元論を克服しているが,倫理学や心理学の立場からみると難点がある。例えばカントは,人間の道徳的意志を理性的な善への意志であるとしたが,その根底に,善意志に反する根本悪の傾向を考えなくてはならなかった。ユングは,キリスト教世界では〈悪はどこから来るか〉という問いは答えられていないと言っている。

 これに対して東洋の人間観では,善と悪を神に結びつけず,人間性に内在する二つの心理的傾向とみる。孟子は性善説を唱え,荀子は性悪説を唱えたが,この二つの説は理論的には矛盾しない。孟子の考えるところでは,人間の本性には良心と放心という二つの傾向がある。良心は他者と心情的に共感し,善へ向かおうとする心理傾向であり,放心は外界の事物に動かされて欲望を追求する心理傾向である。孟子は良心に重点を置いて,人間の本性は善であるとした。これに対して荀子は,放心に重点を置いて倫理や政治の問題を考え,道徳は人為(偽)つまり人間の努力によって礼儀を定め,放心に向かう傾向を抑制することであると主張した。したがって荀子の性悪説は,孟子の説の一面を補うものである。孟子の良心論に影響を受けた宋学の理気説では,人間の本性に〈本然の性〉(理)と〈気質の性〉(気)を区別するが,前者は良心,後者は放心に当たると言っていいであろう。儒教の人間観では,放心や〈気質の性〉を克服し努力してゆくことによって,良心や〈本然の性〉の働きが強くなり,人は君子や聖人と呼ばれるような完全な状態に近づいてゆくと考える。

 また仏教では,善悪という道徳的区別は本来相対的なものにすぎないと考える。善行と悪行は,因果(カルマ)の法則によって現世における果報(よい結果とわるい結果)を生み出すけれども,人間の本性はそういう相対的区別を超えている。究極の本性である仏性は,善人にも悪人にもそなわっているが,因果の法則にとらわれた人間はそれを知ることができない。悟りとは,善悪の区別を超えた人間の究極的本性を知り,超越的な世界を体験することであるとされる。

執筆者:

ふつう道に外れ,法に背く行為を悪とするが,歴史的にはそれほど単純ではない。養老律では八虐(はちぎやく)の一つに,祖父母・父母などを殴打・殺害する罪として〈悪逆〉をあげるが,令制では儒教的な徳目に基づき,官人の功過の評価について善悪が問題にされた。10世紀から11世紀にかけて広く見られる〈不善の輩〉は下級官人を含んでおり,この善悪と無関係ではないが,その実態は放火・殺害・強窃(ごうせつ)二盗,博奕などを事とする人々であった。

 一方,すでに834年(承和1)の太政官符に主殿寮・主鷹司などの雑色(ぞうしき)・駈使(はせづかい)・犬飼・餌取が市で押買(おしがい)等の不法をするのを〈悪行〉とし,麁悪(そあく)な調物を〈濫悪〉〈濫穢〉といい,無法な罵言や暴力的行為を〈凶悪〉〈濫悪〉とする見方もあったが,12世紀に入るころには〈不善〉という言葉は激減し,さきの殺害などに,鳥獣,魚の殺生や分水の押妨等の行為を含めて,端的に悪行・悪事として糾弾されるようになる。殺生を悪とする仏教思想の浸透をそこにうかがうことができるが,〈党を結び,群れを成す〉といわれた悪徒・悪党は当時台頭しつつあった武士団そのもの,あるいは漁猟民を含む商工業者,金融業者などで,武装した僧兵-悪僧も大寺院が組織したこのような人々であった。これらの人々の世界では,戦場や夜,山野河海,境など,ある条件の下では〈悪〉と非難された行為を当然とし,むしろ積極的に評価する風潮が広く広がっていた。それは〈悪源太〉(源義平),〈悪左府〉(藤原頼長)などの人並みはずれた能力を持つ人を畏敬する空気ともつながり,悪人往生を強調,ついに〈悪人正機〉を説く親鸞に至る浄土思想も,こうした〈悪〉を正面から見すえることによって深化していった。

 13世紀から14世紀に広く活動した悪党も,武家・公家の禁圧の対象となったが,依然として根強い〈悪〉を肯定する空気に支えられ,鎌倉末・南北朝期の動乱に大きな役割を果たした。悪僧が裹頭(かとう)したように,このころの悪党も柿帷(かきかたびら)・覆面・蓑笠姿など〈異類異形(いるいいぎよう)〉といわれた服装をすることによって,世俗の規制から自由に行動したので,禁圧する側は〈異形〉自体を悪として罰した。しかもこうした服装は非人の姿でもあり,〈屠者〉を悪人とする仏教思想も加わって,穢れを清める職能を持つ非人を〈悪人〉として差別する空気も社会の一方に広がりはじめる。15~16世紀から江戸時代に現在の用法に近づくが,〈悪〉をいたずら者,生気あふれるものとする見方に,悪を肯定する前代の風潮は生きつづけている。
悪所 →悪党
執筆者:

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普及版 字通 「悪」の読み・字形・画数・意味


常用漢字 11画

(旧字)惡
人名用漢字 12画

[字音] アク・オ(ヲ)
[字訓] わるい・にくむ・ああ・いずくんぞ・なんぞ

[説文解字]

[字形] 形声
旧字は惡に作り、亞(亜)(あ)声。亞は玄室の象形で凶礼・凶事の意があり、その心情を悪という。

[訓義]
1. わるい。
2. その心情を他に及ぼし、動詞化する。にくむ。
3. にくむべき行為、悪事、罪過、わざわい。
4. 心身の不快、やまい、みにくい。
5. 状態の甚だしいこと、はなはだ。
6. けがれ、糞
7. 烏・於・于・などと通用して、感動詞に用いる。ああ。
8. 焉・安・烏などと通用して、疑問副詞に用いる。いずくんぞ、なんぞ。

[古辞書の訓]
〔名義抄〕惡 アシ・ナンゾ・カタチミニクシ・イカムゾ・ハヂマウク・ニクム・ニクミス・ミヌクシ・イヅクゾ・イヤシ・オコル

[語系]
惡ak、烏aは声近く、於ia、于hiua、乎haもみな感動詞「ああ」に用いる。また焉ian、安anは声近く、また惡・烏と通用して、疑問副詞「いづくんぞ」「なんぞ」に用いる。

[熟語]
悪穢・悪衣・悪意・悪雨・悪運・悪縁・悪気・悪鬼・悪戯・悪客・悪逆・悪許・悪言・悪語・悪口・悪行・悪業・悪歳・悪士・悪子・悪事・悪疾・悪日・悪酒・悪臭・悪習・悪処・悪少・悪食・悪辱・悪心・悪臣・悪声・悪政・悪性・悪舌・悪戦・悪銭・悪俗・悪地・悪徒・悪怒・悪党・悪道・悪徳・悪人・悪佞・悪念・悪罵・悪筆・悪物・悪報・悪夢・悪名・悪吏・悪戻・悪・悪劣・悪路・悪寒・悪憚
[下接語]
愛悪・畏悪・悪・隠悪・瑕悪・姦悪・毀悪・逆悪・旧悪・凶悪・元悪・交悪・好悪・極悪・罪悪・嗜悪・疾悪・首悪・酒悪・羞悪・衆悪・醜悪・宿悪・小悪・譖悪・性悪・積悪・拙悪・前悪・善悪・粗悪・造悪・憎悪・大悪・貪悪・黜悪・獰悪・佞悪・悖悪・美悪・悪・暴悪・揚悪

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「悪」の意味・わかりやすい解説


あく

人間にとって否定的と評価される対象、行為、事態をさし、肯定的な価値としての善の対(つい)をなすもの。このように形式的に定義するならば、善と悪との区別はすべての人間社会にみられるものであるが、ただ実際に何が善とされ、また悪とされるかの内容は、人間の環境、社会構造、精神的能力などによって変化し、一様ではない。それは人類の諸宗教ならびに道徳と深くかかわり、また哲学的反省の重要な課題をなしている。

[田丸徳善]

未開社会の悪

ごく概括的にいえば、未開社会にあっては道徳的意識が未分化であるため、自然的な悪(害悪)と人間の意志に基づく勝義での悪とが明らかに区別されない傾向が強い。悪は、しばしば超人間的な力や神霊に由来するものとして対象化される一方、悪(あ)しき行為の規制はさまざまのタブー(禁忌(きんき))の形をとって行われた。たとえば、わが国の固有信仰である神道では、道徳的な善悪も吉凶禍福もともにヨシ―アシということばで表され、それらの間にとくに差異が考えられなかった。マガということばで表現される悪は、世界の秩序を混乱させる作用を意味し、死の穢(けがれ)から生まれた禍津日神(まがつひのかみ)に由来するとされた。一般に悪を超人間的な原理に帰する考え方は、後の時代までも根強く残り、世界宗教のなかにも認められる。キリスト教のサタン、イスラム教のシャイターン、仏教経典にみえるマーラなどがそれにあたる。

[田丸徳善]

道徳的意識の覚醒と善悪

このような状態は、ある段階から顕著になる道徳的意識の覚醒(かくせい)に伴って変わってくる。すなわち、悪はもっぱら人間の意志の様態と考えられるようになり、外的な要因から区別される。この変化がいつおこったかは確定しがたいが、いくつかの社会で紀元前数世紀ごろからその兆候が現れてくることは事実である。古代中国における性善説と性悪説との対立はその一例であるが、古代ストア学派の思想はもう一つの例証といってよい。ストア学派では、有徳であること、自然(本性)に従って生きることが善であり、自然に反することが悪であって、それ以外の生命、健康、快楽、病苦、そして死さえもが、どちらでもよいアディアポラ(無記)とされた。ここには、善悪を厳しく人間の意志作用に限定する考え方が示されている。

 このストアの思想は、のちに成立する善悪、あるいは価値の理論への一つの準備形態とみることもできる。いま悪に限っていえば、それは概して三つないし四つの範疇(はんちゅう)に分けられてきた。すなわち、自然的悪(天災、病など)、感覚的悪(苦痛)、道徳的悪(罪責)、形而上(けいじじょう)学的悪(有限性)であり、このなかで最初の二つは、外的な原因によるものとして一括してみてもよい。ライプニッツは、すでにアウグスティヌスなどにも断片的にみられる悪の起源の問題を体系的に取り上げ、いわゆる「弁神論」を展開した。彼はこれらの諸悪を最終的には有限性によるものとし、しかもそれを善の欠如態として説明している。

[田丸徳善]

悪の起源とその克服

悪の起源と本質というこの問題は、その様態や基準とともに、哲学的反省の重要な主題をなす。またそれは事物の最終的秩序の問題でもあるから、宗教の次元とも深くかかわってくる。それについては従来ほぼ三つのおもな立場があった。一つは、前述のように悪をいわば実体化してみるものであり、善悪2神の戦いを説くゾロアスター教の二元論がその典型といえる。第二は、諸悪を迷妄ないし無明(むみょう)の所産とみなすベーダーンタ学派(ベーダ聖典の奥義書ウパニシャッドの流れを引くインドの正統思想)や仏教であり、これは究極的には悪を非存在とみなすことで解決しようとする一元論的立場を意味する。そして第三は、上記のキリスト教弁神論にみるように、悪の現実性を認めつつ、しかも最終的にはそれを神の摂理に包摂しようとする折衷的立場である。

 ここで注意すべきことは、宗教においては、道徳と異なって、三つのうちどの立場をとるにせよ、人間世界の悪を認めながらも、最終的にはその克服、宥和(ゆうわ)が目ざされるということである。このように、否定しがたい悪の存在の体験をも意味づけるところに、宗教の重要な働きがある。

[田丸徳善]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「悪」の意味・わかりやすい解説


あく
evil

原義は人間にとって有害な諸事象,あるいはそれらの原因をいう。広範な概念であり,天災や疾病などの自然的悪,人倫に反する道徳的悪,制度的悪,さらにそれらの根源とみられる形而上学的悪など便宜的に区分されるが,これらは視点の相違によるとも考えられる。古代においては悪を起すものを超人間的存在として考え,悪魔,魔神など擬人化の傾向が神話や宗教にみられる。多くの宗教は人間存在に悪が内在するとして,対照的に神の正義を立証しようとする (キリスト教の原罪,プラトンやプロチノスの悪としての肉体,ライプニッツの形而上学的悪など) 。これら悪の起源を人間的存在そのものや超越者に求めるのとは反対に,人間経験やその結果としての体制に悪の起源を認める傾向もある。その代表的なものはマルクス主義。古代中国思想における性善説性悪説も悪の起源を超越とするか内在とするかの対立である。ときには美が悪の反対概念とされる。人間を有限的存在としてみるかぎり,悪の問題は常に哲学,心理学,社会学などの中心問題の一つであり続ける。

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