フランス(Anatole France)(読み)ふらんす(英語表記)Anatole France

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フランス(Anatole France)
ふらんす
Anatole France
(1844―1924)

フランスの小説家、批評家。本名Anatole François Thibaut。4月16日、パリのセーヌ河畔に古本屋のひとり息子として生まれる。イエズス会経営のスタニスラス学院に学び、ギリシア・ラテンの教養を身につける。信仰はもたないが、キリスト教には強い関心を抱き続け、永遠に満たされぬ人間精神の象徴として悪魔(サタン)を好んだ。高踏派の影響の下に『黄金詩集』(1873)、劇詩『コリントの婚礼』(1876)を書く。やがて『ル・タン』紙の文芸時評を担当し、これを『文学生活』全4巻(1888~92。のち、さらに1巻が加わる)にまとめた。小説家としての出世作は『シルベストル・ボナールの罪』(1881)で、当時流行の自然主義文学の解毒剤として評価された。その後の作品には『タイス』(1890)、『赤い百合(ゆり)』(1894)、『エピクロスの園』(1895)、短編集『バルタザール』(1889)、『螺鈿(らでん)の手箱』(1892)など。『タイス』は娼婦(しょうふ)タイスの救済を図る砂漠の修道僧が逆に女色に迷って地獄に堕(お)ち、娼婦は悔悛(かいしゅん)して聖女になるというこの作者独得の皮肉な小説。『エピクロスの園』は作者の思想を端的に伝える随想集。これらの作品に示されるフランスの人となりは「瞑想(めいそう)の饗宴(きょうえん)」を楽しむ皮肉で寛容な懐疑主義者である。

 しかし、19世紀末、フランスの世論を二つに分けたドレフュス事件が起こるや、ゾラとともにドレフュスの側にたち、事件に揺れる左右両派の対立抗争を風刺的に描いた『散歩道の楡(にれ)』『柳のマネキン人形』『紫水晶の指輪』『パリのベルジュレ氏』からなる四部作『現代史』(1896~1901)をはじめ、『クランクビーユ』(1902)、『白き石の上にて』(1905)、『ペンギンの島』(1908)などの文学活動を通じて社会参加(アンガージュマン)の姿勢をとり、ついには社会主義を支持する。しかしフランス革命を描く『神々は渇く』(1912)では革命の狂信批判を忘れてはいない。晩年は『わが友の書』(1885)の続編『花咲く日』(1922)の執筆に没頭、老年と戦争(第一次世界大戦)の悲しみに耐えた。1921年ノーベル文学賞を受け、24年10月13日、栄光に満ちた死は国葬で報われた。芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)をはじめ日本の諸作家に大きな影響を与えた。この作家の文学を貫く精神は現世への愛で、文体は澄明、典雅を極める。

[大塚幸男]

短編

フランスは短編も多数書いているが、作品の傾向は瞑想的で、皮肉で、いくつもの解釈を許すのが特徴である。そうした特徴的な作品を二、三あげてみる。

『バルタザール』(1889) 同名の主人公はエチオピアの若い王。シバの女王を訪ね一目で恋のとりことなり、誘われるままに宮殿を抜け出し、重傷を負いながらも甘美な抱擁に陶酔する。やがて女の心変わりを知り、天文学に没頭して悲恋を忘れていく。ところが女王は彼が自分を愛さなくなったと聞いて激怒し、即日エチオピアへ出発する。バルタザールは一夜、塔に上って奇跡的に輝く一つの星を観測していると、砂漠を蛇行してくる女王の行列が見える。彼は胸のとどろきを抑え顔をそむけ、目をあげてふたたび星を見る。すると星は「汝(なんじ)は苦しんだから選ばれたのだ」と語り、彼をベツレヘムへと導く。かくて彼は幼児(おさなご)イエスを礼拝する三博士の一人となる。

『聖母の軽業(かるわざ)師』(1890) 中世のころ、バルナベとよばれる貧しい軽業師が、ふとした機縁で修道院に拾われるが、無学なので聖母をたたえる技(わざ)をもたない。そこで聖母のために軽業の供覧を思い付く。修道院長らがそれを見て驚き、引きずりだそうとすると、聖母が下りて来て軽業師の額の汗をふいてやる。そこで修道院長は平伏して「幸福(さいわい)なるかな心の清き者……」と唱える。

『クランクビーユ』(1902) 貧しい正直な野菜行商人が警官侮辱のかどで無実の罪に問われ、生きる手だてを奪われる。そこで刑務所入りを志願して別の警官を侮辱する。だが今度はその警官から父親のような温情をかけられるという物語で、政治権力の不条理を痛烈に告発している。

[大塚幸男]

『『アナトール・フランス短編小説全集』全7巻(1939~40・白水社)』『『アナトール・フランス長編小説全集』全17巻(1940~51・白水社)』『大塚幸男訳『エピクロスの園』(岩波文庫)』

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