(読み)せい(英語表記)sex

翻訳|sex

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

性(sex)
せい
sex

性とは何か

性(セックス)という単語は多くの意味に使われる。たとえば、性教育の「性」は、性に関する解剖・生理・病理、発生、生殖、性交法、性病(性感染症)、性心理、性役割など、性に関係するすべてを含んでいる。このように、性とは生物学的な性別だけではなく、社会が男女それぞれに期待する性役割、性的魅力、性衝動(性欲)、性愛対象の方向性(異性か同性か)、生殖行動、性交などをも意味する。[小林 司]
セクシュアリティ
前述のような広い意味をもつ「性」を、とくに人間について抽象的に一括したことばがセクシュアリティsexuality(性的総体)であって、人間対人間の性に関するすべてに含まれる特性、能力、行動、態度、傾向、心理、感覚、生理的衝動、性的魅力をさす。つまり、セクシュアリティとは、性を生物学的な性器や性行動のほかにも、人間の性に関する心理・社会的な面をも含めてとらえ、感情・思想・行動などすべてに関連している複雑な潜在能力として、社会から影響を受けながら、社会にも影響を与えるものである。1964年にアメリカ性情報・教育評議会(SIECUS)を設立した医師のカルデローンMary Steichen Calderone(1904―1998)とカーケンダールLester Allen Kirkendall(1904―1991)は、「セックスとは両足の間(下半身)にあるものだが、セクシュアリティとは両耳の間(大脳)にあるものだ」という比喩(ひゆ)で説明した。[小林 司]
ジェンダー
性と訳されるジェンダーgenderは、社会心理的属性としての性、つまり文化の影響を受けた男女のふるまいの差異(社会的・文化的「性」)を意味する。したがって、性自認gender identityとは「自分を男または女として自覚すること」であり、性役割gender roleとはその社会で一般的に認められている「男または女としての役割を表現すること」である。すなわち、これは精巣や卵巣、染色体などによる生物学的性別とは無関係に、周囲が期待し、また自己が認めた線に沿って行う役割ということになる。集団レベルでの役割分化を性別役割sex roleとよぶ人もある。人間らしい文化的な活動だと思われる役割はほとんど男によって占められ、女の役割は出産や育児といった、より「自然」に近い「家庭内的」活動にとどめられたのが、これまでの社会であった。一般に、女には女性的役割が、男には男性的役割が期待されている。男性ならば、強くたくましく、頭脳明晰(めいせき)で女性に優しい、などの理想像を目ざして育てられる。ボーボアールが「人は女に生まれない。女になるのだ」といったのは、こうした社会的訓練(学習)に基づいている。「もし男が性ある人間ならば、女も性ある人間にならぬ限りは男と対等のものになれない。したがって、女性であることを拒めば、自分の人間性を部分的に捨てることになる」といったのも彼女である。
 オーストリア生まれの社会思想家イリイチによれば、ジェンダーに基づく独自性は社会的に動機づけられていて、男と女とは非対称の相互補完性、両義的な対照的補完性をもっている。11世紀まではジェンダーの時代、12~18世紀はジェンダー崩壊の移行期、18世紀以降はセックスによる支配の時期であり、男と女の区別された社会的生活形態は経済的・技術的発展の影響下で急速に消滅してゆくという。つまり、ジェンダーは、二元的、具体的、地域的な物的文化を反映し、男女の間の文化的連関を反映するが、セックスは、18世紀以降、人間に共通の諸特徴の分極化によって生じた差別であり、労働力、生命力、人格、知性などを想定して男と女とに二分極化したものをいう、とイリイチは述べている。[小林 司]

性意識の変遷


古代人の考え方
古代ギリシアのプラトンは、『饗宴(きょうえん)』のなかで次のように書いている。すなわち、人間の祖先は球形のアンドロギュノスandrogynous(両性具有)だったが、神の怒りに触れたため男と女とに二分され、それ以来お互いを追い求めて昔のように一体になろうとしているのだ。これが性愛についてのもっとも古い考えである。
 ソクラテスは、美しいものこそ善であり、男は女より美しいから、最高の善は男性同性愛だ、と述べた。『旧約聖書』にも、ソドムSodomとゴモラGomorrahの町で同性愛が流行していることが記されている。ローマ時代には異性愛を歌ったカトゥルスのような詩人も現れたが、ストア学派の哲学者たちは感情を軽視して欲求の満足を強調した。
 キリスト教の誕生時に聖パウロは、肉と御霊(みたま)は相反するものだから性行動は不道徳であり、独身・童貞・処女が好ましいと考えた。この禁欲説をアウグスティヌスが体系化し、アダムとイブの子孫である人間は原罪を背負っていて、性的快感は悪だとした。しかし、快感を伴わぬ単なる生殖を目的とした結婚ならば善だ、といった。[小林 司]
プラトニック・ラブ
11世紀ころになると、ヨーロッパで宮廷風の愛が流行し、男は天使のような女性に奉仕する一方で、肉体的な性の満足は否定されていた。こうしたロマンチックな騎士の愛は、ルネサンス時代になるとプラトニック・ラブPlatonic loveとして広まった。愛する人の美や善を瞑想(めいそう)することにより神性に達すると考え、性欲を無視したのである。16~17世紀になるとピューリタン的考え方が出現し、ルターやカルバンは愛と結婚と性行動とは不可分のものだと考えた。すなわちプラトニック・ラブが性生活に結び付いたときのみが成熟した結婚生活とされていた。18世紀になると科学的合理主義が栄えて、フランスのモラリストであるシャンフォールは「愛とは二つの粘膜の接触だ」とさえ極言した。しかし、18世紀後半にはロマン主義が復活し、自然や官能に戻れと叫ばれた。19世紀の左派ロマン主義では、性が社会や道徳を超える抗しがたい力として率直に描かれ、右派ロマン主義では、男女を無性化して肉体よりも霊魂を重視した理想主義が唱えられ、これがやがてビクトリア朝の性抑圧につながっていく。[小林 司]
汚らわしい性
イギリスのビクトリア朝時代には、フランス革命の反動で、性は汚らわしい、嫌らしい、下品な、隠すべきものと考えられ、女性の体の輪郭があらわになると性的だというので、バッスル(婦人用スカートの後部を膨らませるために用いる腰当て)とかクリノリン(スカートの広がりを支えたペチコート)を使ってスカートを膨らませたり、ロングスカートにより脚が露出しないようにした。イギリスのシェークスピア学者バウドラーThomas Bowdler(1754―1825)は、性的な部分をすべて削除した『家庭向けシェークスピア』を出したりして出版物から性を追放しようとしたので、わいせつ部分を削除するという意味の単語bowdlerizeが生まれた。しかし、その裏面ではポルノグラフィーが流行し、ロンドンには8万人の売春婦がいて40万人の男がこれに関係し、1851年にはイングランドとウェールズの成人女子の8%が私生児を産んでいた。
 性を汚らわしいものとしたビクトリア朝の考え方は、第一次世界大戦後のマスコミや交通の発達、ジャズや映画の流行、女性解放などによって消え去り、性をありのままのものとして受け入れる傾向が広まった。[小林 司]
性の解放
イギリスの作家D・H・ローレンスは「性は力であり、有益であり、人間生活にとって必要な刺激である。男と女が互いに結び付いて生命の流れを形づくるのであり、性交は男と女のつながりの象徴、男と女の関係それ自体なのだ。魂をもつ限り、男と女はその関係という流れのなかで結び付き続け、性欲はその関係の現れである」と書いている。
 フランスの評論家G・バタイユによれば、男と女とが水流のように相互に流れ込み、自己を完全になくして新しい一つの連続体のなかに溶け合うという交流状態にどこまで近づけるかが、人間の性的結合の価値を測る基準となる。
 ドイツ生まれでアメリカの精神分析学者エーリヒ・フロムは、フロイトの理論を、性心理を無視した生理学的唯物主義であると批判して、女性に特有の性愛が無視されていると指摘した。そして彼は、性愛の本質を、完全な融合への渇望、一人の人間の他の人間との結合の渇望とみていた。
 ドイツ生まれのアメリカの哲学者マルクーゼは『エロス的文明』(1955)で次のように主張した。
 文明社会は、性を家庭とベッドのなかに性器優位のものとして閉じ込め、これに違反する者に対しては売春婦、変質者、性脱常(性倒錯)者といった汚名を浴びせる。しかし、性本能は単なる性器優位の性よりももっと広い内容をもっている。つまり、生殖にだけ役だつ性というよりは、肉体の性感帯から快楽を得る機能をもっている。生殖は単にその結果にすぎない。性を単なる生殖でなく、このような人間のパーソナリティー全体を含めたエロスの機能に引き戻し、そのエロスを抑圧することなしに昇華させることこそ、疎外された労働を打破する原基となる。こうして仕事と遊びとが一致する状態は、オートメーションがすべての労働を代行してくれる時代に実現するだろう。
 また、ケート・ミレットKate Millett(1934―2017)は『性の政治学』(1970)において、性とは政治的含みをもつ一つの地位カテゴリーであり、性交は個人的ないし私的領域における性の政治(権力構造的諸関係)のモデルとしての役割をもちうる、と述べている。
 フランスの政治思想家D・ゲランは、性の解放が社会的解放と一体をなしていると考え、次のように述べている。
 性欲の抑圧は、一夫一婦制と家族制度とを守るために欠くべからざるものであり、性欲抑圧が経済的奴隷制度の一手段になっている。人間疎外の脅威に対抗するのはエロスであり、各自がそれぞれの流儀で愛を行う自由は人間に残された最後の権利であり、人間を擁護する手段の一つである。性の自由という問題はなく、自由一般の問題だけがある。資本主義とピューリタニズムとに押しつぶされている人間の完全な解放にはエロスの解放が必要である。そして、特定の相手や性行為の特定の型にこだわらぬ、あらゆる形の、不特定多数の人々との性愛は、友愛的な社会を築いていくための一つの契機である。
 このように、性を性器や性交に限定せず、セクシュアリティとしてとらえたり、性を解放すべきだという考えにたどり着くまでに、2000年の歴史を要したのであった。[小林 司]
エイズの時代
伝統的な性規範からの解放が進む一方、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染によるエイズ(後天性免疫不全症候群)とおぼしき症例が1959年にイギリスで初めて発見されて以来、1982年ごろからエイズが性感染症として全世界で猛威を振るい始めた。国連合同エイズ計画(UNAIDS)と世界保健機関(WHO)のエイズ報告(2007年12月)によると、世界のHIV/エイズ感染者の推定総数は3320万人に上る。その推計分布をみると、西ヨーロッパ76万人、東ヨーロッパおよび中央アジア160万人、北アフリカ・中東38万人、東アジア・太平洋諸国80万人、南・東南アジア400万人、サハラ以南のアフリカ2250万人、オセアニア7.5万人、北アメリカ130万人、カリブ海岸23万人、中南米160万人となっている。
 また、国連合同エイズ計画の2006年11月の推計によると、南アフリカのHIV感染者は15歳以下の子供24万人を含む約550万人で、感染者約570万人のインドとともに世界最多国の一つとなっていて、感染者数が著しく多い。
 2007年7月に公表されたミレニアム開発目標(MDGs)報告では、2006年にはエイズによる死亡者数は全世界で約290万人に増加し、2005年には1500万人以上の子供がエイズで母親か父親あるいは両親を失った(政府開発援助白書による)。
 日本では、2005年(平成17)4月の時点での累積報告数として、HIV感染者6734人、エイズ患者3336人を数え、合わせて1万人を超えていたとされる(財団法人エイズ予防財団の資料による)。また、厚生労働省のエイズ動向委員会の資料によれば、2008年3月時点でのHIV感染者総数は9643人、エイズ患者総数は4544人となっている。その推定感染地の87.7%が国内であり、感染経路は性的接触(異性間・同性間)が87.8%を占めている。この他に、血液製剤、薬物乱用時の静脈注射、母子感染がある(厚生統計協会刊行『国民衛生の動向』2008年版による)。なお、日本国内の実際の感染者は、これを数倍上回ると推測される。
 ウイルス感染者の7~15%ほどの人がエイズを発症し、そのうちの80%が3年以内に死に至るといわれているHIV感染を予防するには、性行動についての知識が欠かせないため、「性」を語ることをタブー視する傾向は大きく変わらざるをえなかった。さらに、エイズが確認され始めた当初は、同性愛者にエイズ患者がみられたという事実から、同性愛についての研究も促進された。これらは、エイズによる予期せざる効果といえよう。HIV感染者への発症予防薬の開発も進んではいるが、感染予防の知識普及が急務である。[小林 司]

性科学の歩み

性について科学のメスが入ったのは、1850年代以降のことにすぎない。[小林 司]
性的異常の研究
フランスの精神病学者ベネディクト・A・モレルBndicte Auguste Morel(1809―1873)は1857年に『変質徴候』を著し、神が創(つく)り給(たも)うた原型から外れている変質型が心身の病気や性的異常をおこすと考えた。
 ドイツの精神科医クラフト・エービングRichard von Krafft-Ebing(1840―1902)は『性的異常性格者』を1886年に著し、彼の命名によるサディズムやマゾヒズムなど、性の異常行動や性的犯罪をたくさん紹介した。これにより、性にも生殖以外の面があることが明るみに出た。オーストリアの精神科医フロイトは、ヒステリーの原因が性の抑圧にあることを1896年に発表し、幼児にも性欲があり、口唇期・肛門(こうもん)期・男根期・性器期などの段階を通って性的に発達するという精神分析学説を唱えた。
 ドイツの皮膚科医イワン・ブロッホIwan Bloch(1872―1922)は、人類学や民族学の方法論を採用して性の見方を変革し、1902年に『性的異常性格の病因への貢献』を書いて、「性脱常(性倒錯)が病気でもないし変質の結果でもなく、あらゆる時代に異なる民族で人類全体にみられる現象である」と述べた。また、性科学Sexualwissenschaft(ドイツ語)、セクソロジーsexologyということばを1906年につくったのもこの人である。
 また、かつて女性は性快感を感じないものとされていたが、それが異常状態だと指摘してシュテーケルWilhelm Stekel(1868―1940)が、不感症という用語をつくったのは1907年になってからであった。[小林 司]
性行動の研究
イギリスの医師で性心理学者のハブロック・エリスは、通常の性生活を調べて『性の心理』(1896~1914)を著し、性行動は少年・少女にも現れるし、女性にも性欲があること、不感症は心因でおきること、自慰(マスターベーション)が無害であることなどを明らかにした。
 イギリスの産児制限運動家マリー・ストープスは『結婚愛』(1918)のなかで、女性の健康や力を十分に発揮するためには適度の回数のオルガスムスが必要だとか、正常な性関係が欠けていると中年未婚女性は神経質か不眠になる、と述べた。
 フロイトの弟子ウィルヘルム・ライヒは1923年ごろ、蓄積された性エネルギーをオルガスムスとして放出すれば神経症にならないし、個人と社会との不幸を除くことができる、と主張した。彼とイギリスの人類学者マリノフスキーは、性の抑圧は母系社会にはなくて、父系社会になると初めて現れた、と説いている。
 オランダの産婦人科医バン・デ・ベルデTheodor Hendrik van de Velde(1873―1937)は1926年に『完全なる結婚』を著し、性交体位や口唇性交を記述し、性行動は2人が完全に一つだということを表現する男女のコミュニケーションの重要な一形式であるから双方の満足が必要だ、と主張した。
 第二次世界大戦後、アメリカの動物学者キンゼイAlfred Charles Kinsey(1894―1956)らが「キンゼイ報告」として知られる『人間男性の性行動』(1948)と『人間女性の性行動』(1953)を公刊し、5300人の男性と5940人の女性の性行動を面接によって確かめた。同じくアメリカの産婦人科医マスターズWilliam Howell Masters(1915―2001)と臨床心理学者バージニア・E・ジョンソンは、男女の性行動を実際に観察してその生理を初めて科学的に明らかにし、1966年に『人間の性反応』を、続いて1970年に『人間の性不全』を公刊したが、後者では勃起(ぼっき)障害(インポテンス)をはじめとする性機能障害の治療に大きく貢献した。この両著は「マスターズ報告」として知られる。以後、同様な研究が続いたが、人間の性行動の全体像が数量的に明らかになったのも、20世紀なかば以後のことにすぎないわけである。
 統計学的にもっとも信用が置けるといわれている、社会学者のロバート・T・マイケル、ジョン・H・ギャノンらによる調査報告書『セックス・イン・アメリカ』(1994)によると、18~59歳のアメリカ人3432人を対象として1992年に行われたその調査では、性交渉を初めて体験する年齢(初交年齢)は低下傾向にあり、1962~1972年の間に生まれた白人男性の初体験の年齢平均は17~18歳、黒人男性で15~16歳であった。20歳に達した男女の70~90%が性交経験者である。それと同時に男女の同棲(どうせい)も増え、1963~1974年に生まれた女性で、同棲をしないで結婚に至ったケースは36%にすぎない。性交の頻度は年齢によって異なるが、25~29歳では男性の場合「月に数回」が31%、「週に2~3回」が36%、女性ではそれぞれ38%と37%であった。性交で「かならずオルガスムスに達する」のは、男性75%に対して、女性は29%と少ない。「きわめて強い肉体的快感を覚える」は、男性47%、女性40%。「自分をホモセクシュアルまたはバイセクシュアルだと考えている者」は男性の2.8%、女性の1.4%を占めた。ちなみに、16~44歳の男女を対象にしたイギリスにおける調査(1988)では、「婚前性交が悪い」と考える者は10%に満たず、「結婚で性がもっとも重要な因子だ」と考える者は16.9%であった。[小林 司]
多様な性の研究

性同一性障害
生物学的な性は、XX(女性)とXY(男性)という性染色体の違いによって決まるといわれている。しかし、それによって決められた自分の性を脳がそのまま受け入れるか、それとも「自分は別の性に属している」と感じているかは別の問題である。自分が属している性が、かならずしも性染色体で決められた性と一致しない場合があることがしだいに明らかになり、これを「性同一性障害」gender identity disorderとよぶ。
 性同一性障害とは、「自分は別の性になりたい」「自分は別の性に属しているはずだ」という考えを強く持続的にもつ者に対して用いられ、ヨーロッパの統計では男性の場合には3万人に1人、女性では10万人に1人いるという。これは、たとえば女性になれば兵役に就かなくてすむなど、別の性になれば文化的に有利になるから性を変えたいといった、利害得失から計算された欲望ではなく「いま、属している性では違和感が強く、不適当である」という感じが強い場合にだけ当てはまり、性的指向が同性にある同性愛とも異なる。先天性の副腎(ふくじん)皮質肥大などの身体的中性症状があるという理由だけでは性同一性障害とは診断できず、むしろ社会的ないし職業その他の面で不快や不都合がある場合に初めてそう診断される。日本では、性同一性障害と診断された30歳代の女性患者について、埼玉医科大学の倫理委員会が承認した性別再指定手術(性転換手術)が初めて1998年(平成10)5月に行われた。性同一性障害の原因については、まだ完全に明らかにはされていないが、後述する胎児期のホルモン異常による可能性が有力視されている。
 2008年現在では、ICD-10(世界保健機関の疾病および関連保健問題の国際統計分類第10版)およびDSM--TR(アメリカ精神医学会刊行の精神疾患の診断と統計マニュアル第4版新訂版)によりその医学的分類・診断基準が決められていて、その基準に基づき、手術やホルモン療法など、さまざまな治療が行われている。日本国内の主要治療機関で性同一性障害と診断された人はおよそ5000人ともいわれているが、実態はその数字を大きく上回っているだろう。
 2004年に性同一性障害者特例法(正称は「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」平成15年法律第111号)が施行され、一定の条件下のもとで戸籍の性別の訂正が可能となった。[小林 司]
同性愛
ドイツの医師マグヌス・ヒルシュフェルトMagnus Hirschfeld(1868―1935)は、自身も同性愛者だったので、男と女以外に間性があると考え、同性愛を犯罪とみなして懲役に処していたドイツ刑法を改める運動を1897年に始め、シャルロッテンブルク市に性科学研究所を創立した。これは1900年にベルリンに移されたが、1933年にヒトラーによって弾圧・閉鎖され、資料を焼かれた。
 その後も、確たる根拠のない社会的偏見によって「同性愛は異常だ」とみなされ、欧米では犯罪として刑罰を与えた国も少なくなかったが、こうした考え方も20世紀なかば以降著しく変わってきた。アメリカ精神医学会が1952年に発表した『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM)をみると、同性愛は「人格障害」のなかの「社会病質的人格障害」の「性的偏り」sexual deviation(性的逸脱、従来の用語での性倒錯)のなかに分類され、当時は精神分裂病質やアルコール依存症、麻薬中毒などとともに精神異常とみなされていたのである。その16年後に発表された第2版のDSM-(1968)になっても、「人格障害およびある種の他の非精神病的精神障害」のなかに「人格障害」と「性的偏り」が並び、そのなかに同性愛も含まれていた。その12年後に発表されたDSM-(1980)でも、心理的障害のなかに自我緊張異常性同性愛が含まれている。ところが、その次に発表されたDSM--R(1987)では、性障害を人格障害の一部へ無理に押し込むことをやめて、淡々と事実を並べることになり、向精神薬乱用、精神分裂(統合失調症)、感情障害などと並列にとらえ直している。しかも、同性愛はこの性障害のところには見当たらず、性役割自我同一性障害(自分の性に強い違和感をもち、別の性になることを強く望む心理状態)という新しい独立項目へ移されている。さらに7年後の第4版DSM‐(1994)になると、パラフィリア(性脱常)、露出症、フェティシズム、マゾヒズム、サディズム、異性装症などが性的障害として残されているのにもかかわらず、同性愛は完全に分類から消えている。また、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)でも、1990年承認(1992年出版)の第10版より「同性愛」の項目は削除された。つまり現在では、同性愛は精神障害とはみなされていないのである。その後、同性愛を法律で処罰する国や州は大幅に減り、「同性愛者は公務員に就職できない」という法的規制が撤廃されたり、同性愛者同士の結婚が法律上認められるようになった国もある。
 このように同性愛に対する考え方が変わってきたのには、同性愛者を含めたマイノリティ(少数者)の人権擁護運動の成果に加え、次に述べるような科学的根拠の発見という背景があった。
 脳にある性中枢(内側視索前野など)の構造は男女で異なっているが、胎児期にそれが発達する一定の時期(性分化の臨界期)に異性の性ホルモンなどを与えると、性中枢の構造が異性のものへと変化することがわかってきた。人の脳の臨界期は胎児期の5~7か月であり、本来はすべて女性型である胎児の脳がこの時期に男性ホルモン(アンドロゲン)類似の化学物質にさらされると男性型の脳ができる。たとえば、生物学的に男である場合にはアンドロゲン不足により女性脳ができ、生物学的に女の場合には、アンドロゲン過剰によって男性脳ができる。つまり、身体は男性でも脳は女性、またはその逆、という胎児が生まれる。このように、胎児期のホルモン異常に基づく脳の異常形成を同性愛の原因とする仮説が、動物実験などによってしだいに有力となってきた。その最初は、カンザス大学のフェニクスらによるモルモット実験(1959)であった。その後、ベルリンのダナーは、ベルリン空襲を体験した妊婦から同性愛者が多く生まれたという事実に着目して、妊娠中の母体へのストレスが同性愛の原因であると推定し、この仮説が正しいことを動物実験によって確かめた。ストレスによって分泌されるステロイドホルモンの化学構造が性ホルモンに類似しているため、脳のセンサーが混乱して異性の脳につくりかえるものと考えられる。これらのほかにも、環境因子を原因とするものなどさまざまな仮説があり、性別と性自認の不一致や同性愛をめぐるメカニズムはいまだ完全には解明されていないが、「異性の脳」をもって生まれてくるとすれば、同性愛や性同一性障害といった多様な性の存在も当然であると考えられる。[小林 司]

人類学的にみた性


さまざまな社会の性
社会によって、男性、女性それぞれがすべき役割、それぞれに期待される役割というものが、たとえ漠然とした形でも決められている。これらを性別役割という。また男性、女性それぞれがすべき行為、すべきでない行為に関しても、やはり社会によって何らかの形で決められたものがあり、これらは性別規範とよばれる。
 これらの性別役割、性別規範に関しては、いくらかの一般的な傾向はある。たとえば、狩猟採集社会では、狩猟は男性が行うのが一般的であり、採集は女性が行うという傾向がある。また、出産、授乳は生物的に女性しかできない役割である。しかし、このように女性にしかできない役割はあるが、そのほかの性別役割、性別規範は社会によって非常に異なり、特定の役割や規範をいずれかの性と結び付けることはむずかしい。
 また、男性的なパーソナリティ、女性的なパーソナリティも、社会によって異なる。アメリカの文化人類学者のマーガレット・ミードは、ニューギニアの三つの社会の研究により、アメリカ社会で男性的、女性的とされるパーソナリティが、ほかの社会では一般的でないことを示した。ある社会では、アメリカで男性的とされるパーソナリティを女性がもち、逆にアメリカで女性的とされるパーソナリティを男性が有していた。また、別の社会では男性も女性も、アメリカで男性的とされるパーソナリティを有し、もう一つの社会では男性も女性も、アメリカで女性的とされるパーソナリティを有していた。
 これらのことから、性別役割、性別規範、性別のパーソナリティは社会によって異なることがわかる。したがって、男性らしさ、女性らしさは社会によって異なり、われわれはそれらを社会から「学習する」という側面がある。言い方をかえるならば、男性らしさ、女性らしさは「社会によってつくられる」面がある、ということになる。このような考え方から、生物学的な性と社会的な性は別のものであり、前者をセックス、後者をジェンダーとして分けて考えることが有効であることが主張されてきた。もちろん、男性らしさ、女性らしさは生物学的な影響を受けるのだが、社会的な影響は、従来考えられていたよりはるかに大きいことが認められ始め、このような考え方が受け入れられている。
 以上のように、性別役割、性別規範、性別のパーソナリティが社会によって異なる一方で、性に関しては非常に普遍的な歴史的側面もある。それは女性の劣位性という問題である。すなわち、女性は男性よりも歴史的に「劣った性」として認識されてきた、ということである。一部の女性に対して社会的に優位なものとして扱う社会はあっても、女性全体に対してこれを男性よりも高い地位に置く社会はほとんどない。少なくとも、女性が政治的に男性よりも強い権力をもつということが制度的に確立している社会は存在しない。母権制という制度の存在が主張され、これは女性が政治的権力を有している社会であり、ある時期に存在していたとして想定されたが、過去にそのような社会が存在したことは認められてはいない。つまり、すべての社会で、女性は男性よりも「劣った性」として認識されてきたのである。
 これに対しては、さまざまな説明がなされている。男性が女性よりも生物学的に身体が大きく、筋力があることなどから、男性の優位性を説明する主張がある。また、自然と文化の対立という視点から女性の劣位性を説明する主張もある。これは、女性が出産という機能をもつことに注目し、出産の機能を自然と文化の対立という視点から、自然と結び付くとするものである。これに対して、出産をしない男性は文化と結び付き、したがって自然を乗り越えて文化を築き上げてきた人間にとっては、自然と結び付く女性ではなく、文化と結び付く男性が優位とされる、という説明である。しかし、この説明に関しては、自然と文化という対立は西洋的な対立であり、かならずしも人類に普遍的な図式ではないという批判があり、この問題に関しては議論が続いている。[豊田由貴夫]

生物の性

生物学では、同種の生物に雌雄の別のあることを性という。多くの高等生物では生殖細胞(配偶子)に2型があり、一つは細胞質に富む比較的大きな細胞で、運動性に乏しい。これを雌(し)生殖細胞(雌性配偶子)または卵(らん)という。もう一つの生殖細胞は小形で細胞質に乏しく、多くは鞭毛(べんもう)をもち活発に運動する。これを雄(ゆう)生殖細胞(雄性配偶子)または精子という。卵をつくる性質をもつ個体を雌とよび、精子をつくる性質をもつものを雄という。しかし1個体のなかで卵と精子がつくられる種類も多く、個体の性としては雌雄同体という。吸虫、ミミズ、カタツムリ、ナメクジ、ある種のホヤなどがその例である。個体の性が分離している場合を雌雄異体という。雄と雌とは非常にかけ離れたものというよりは、両方の形質が1個体内に同居していて、その量に違いがあるだけのことが多く、雄にも雌の形質と考えられる乳腺(にゅうせん)があり、めんどりにもおんどりの形質であるとさかがついている。また、異体と同体の中間の段階もある。要するに性は相対的なものである。[川島誠一郎]
性的二形
雌雄異体の動物において、外部形態または内部形態が性により異なる場合をいう。音声や発光性などの生理学的な違いも性的二形に含めることがある。[川島誠一郎]
単細胞生物の性
ゾウリムシ、タイヨウチュウ、大腸菌のような単細胞生物でも、生活史のなかで2個の細胞が接合し核(または核質)の合体や交換のおこる場合がある。この際、接合する細胞には特定の組合せがあり、どの細胞でも接合できるのではない。すなわち性の分化がある。多くの場合、外見上の区別ができないが、運動性に違いがあれば、大きくて動きの鈍いものを雌、小さくてよく動くほうを雄という。[川島誠一郎]
性決定
多くの脊椎(せきつい)動物や昆虫などの性は遺伝子に支配されている。すべての細胞の核には常染色体のほかに性染色体がある。性染色体は雄または雌の一方がホモ(同型)で一対のX(またはZ)をもち、他方がヘテロ(異型)でXとY(またはW)の1本ずつをもつ。たとえばヒトにおいては、細胞核中に22対の常染色体と女ではX染色体が2本含まれ、男ではX染色体とY染色体が1本ずつ含まれている。減数分裂の結果、卵はすべて22本の常染色体と1本のX染色体をもっているが、精子にはX染色体をもつものとY染色体をもつものが生じる。前者が卵と受精すれば女児ができ、後者が受精すれば性染色体はXYとなり男児ができる。雄ヘテロ型か雌ヘテロ型かは動物の種類により異なる。性染色体による性決定は、性の決定にあずかる遺伝子の存在を示す。この遺伝子が雌雄性を発現させるには特定の物質(性決定物質)の介在を必要とする。[川島誠一郎]
性分化
性は発生の過程で分化してくるのであるが、性染色体上の遺伝子が決定的な作用をしているとは考えられない場合もある。ボネリアのような下等無脊椎動物のあるものがそれで、発生中の条件により性分化の方向が支配されるので、遺伝子の作用が明瞭(めいりょう)でない。また、実験的に性転換をおこさせる研究から、雌決定物質、雄決定物質が種々の動物で確認されている。脊椎動物でも魚類や両生類のある種類では、性ホルモンによって雌雄自由に性を転換させることができる。雌雄の違いは、まず生殖腺が卵巣になるか精巣になるかでみられる。輸卵管や輸精管など生殖輸管にも雌雄の違いがある。これらを第一次性徴という。ヒトののどぼとけやニワトリのとさかのような生殖器官以外の性の違いは第二次性徴という。種々の動物でこれら性徴の多くが性ホルモンで支配されていることがわかってきた。すなわち、遺伝子が性決定をしている動物では、遺伝子の作用により性ホルモンなどのでき方が支配され、その結果として性分化がおこると考えられる。しかし哺乳(ほにゅう)類での最初の性決定機構(生殖腺が精巣になるか卵巣になるか)は、性ホルモンではなく、Y染色体上の遺伝子によって支配されるH‐Y抗原によることがわかってきた。H‐Y抗原が生殖腺原基に作用すると、生殖腺が自動的に卵巣へ分化することを抑制して精巣分化へ導く。精巣がひとたび分化すると、精巣の分泌する雄性ホルモンやミュラー管抑制物質により他の性徴が発現されるのであり、この段階での性分化には遺伝子の直接的支配はないといえる。[川島誠一郎]
『●性一般 ▽アルフレッド・C・キンゼイ他著、永井潜・安藤画一他訳『人間における男性の性行為』上下(1950・コスモポリタン社) ▽アルフレッド・C・キンゼイ他著、朝山新一他訳『人間女性における性行動』上下(1954~1955・コスモポリタン社) ▽安田一郎編『性思想の名著』(1973・学陽書房) ▽小林司・徳田良仁編『人間の心と性科学』(1977、1978・星和書店) ▽H・リーフ編、小林司訳『現代の性医学』(1979・星和書店) ▽W・H・マスターズ、V・E・ジョンソン著、謝国権他訳『人間の性反応』(1980・池田書店) ▽M・ダイアモンド、A・カーレン著、田草川まゆみ訳『人間の性とは何か』(1984・小学館) ▽J・マネー、H・ムサフ編『性科学大事典』(1985・西村書店) ▽M・ダイアモンド著、池上千寿子・根岸悦子訳『セックスウォッチング――人間の性行動学』(1986・小学館) ▽M・フーコー著、渡辺守章訳『性の歴史 知への意志』(1986・新潮社) ▽J・M・ライニッシュ、R・ビーズリー著、小曽戸明子・宮原忍訳『最新キンゼイ・リポート』(1991・小学館) ▽J・L・フランドラン著、宮原信訳『性の歴史』(1992・藤原書店) ▽G・R・テイラー著、岸田秀訳『歴史におけるエロス』(1996・河出書房新社) ▽ロバート・T・マイケル他著、近藤隆文訳『セックス・イン・アメリカ――はじめての実態調査』(1996・日本放送出版協会) ▽I・イリイチ著、玉野井芳郎訳『ジェンダー――女と男の世界』(1998・岩波書店) ▽D・モリス著、日高敏隆監修、羽田節子訳『セックスウォッチング――男と女の自然史』(1998・小学館) ▽A・ドウォーキン著、寺沢みづほ訳『インターコース――性的行為の政治学』(1998・青土社) ▽加藤秀一著『性現象論――差異とセクシュアリティの社会学』(1998・勁草書房) ▽J・バトラー著、竹村和子訳『ジェンダー・トラブル――フェミニズムとアイデンティティの撹乱』(1999・青土社) ▽赤川学著『セクシュアリティの歴史社会学』(1999・勁草書房) ▽上田あや著『変えてゆく勇気――「性同一性障害」の私から』(岩波新書)』
『●人類学的にみた性 ▽M・ミード著、田中寿美子他訳『男性と女性』上・下(1983・東京創元社) ▽E・アードナー、S・オートナー他著、山崎カヲル監訳『男が文化で、女が自然か――性差の文化人類学』(1987・晶文社) ▽高畑由起夫編『性の人類学――サルとヒトの接点を求めて』(1994・世界思想社) ▽E・モーガン著、望月弘子訳『女の由来――もう1つの人類進化論』(1997・どうぶつ社) ▽B・マリノウスキー著、泉靖一・蒲生正男・島澄共訳『未開人の性生活』(1999・新泉社)』
『●生物の性 ▽山村雄一監修、荻田善一・松本圭史編『性』(1979・中山書店) ▽ピーター・カイロ著、川島誠一郎訳『ライフサイクル――生と死の進化学』(1982・どうぶつ社) ▽日本比較内分泌学会編『性分化とホルモン』(1984・学会出版センター) ▽長谷川真理子著『オスの戦略メスの戦略』(1999・日本放送出版協会) ▽岡田益吉・長浜嘉孝・中辻憲夫編『生殖細胞の発生と性分化』(2000・共立出版)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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