(読み)サガ(英語表記)sex

翻訳|sex

デジタル大辞泉 「性」の意味・読み・例文・類語

さが【性/相】

生まれつきの性質。性格。また、持って生まれた運命。宿命。「愚かな人間の悲しい―」
いつもそうであること。ならわし。習慣。「浮世の―としてあきらめる」
よいところと悪いところ。特に、欠点や短所。
「―なくばよからんとのかくし詞」〈浄・嵯峨天皇〉
[類語]気性気質性向性情性格気象気立て気前心ばえ心根心柄じょうたち性分性質本性本能天性気心気風人となり人間性キャラクター気質かたぎ肌合い家風精神メンタル心的内的精神的内面的観念的心理的知能心理精神力メンタリティースピリチュアルこころ知情意心神内心心情心魂内面マインドハートスピリットエスプリ精魂気迫神気気概気力意力意志神経気構え気持ち理念思想心性

せい【性】[漢字項目]

[音]セイ(漢) ショウ(シャウ)(呉) [訓]さが
学習漢字]5年
〈セイ〉
生まれながらの心のあり方。生まれつき。「性格性行性質感性個性資性習性心性知性天性徳性品性母性本性理性
物事に備わった性質。「性能悪性磁性属性惰性毒性慢性顕性
男女・雌雄の別。「性別異性女性男性有性両性
異性を求める本能の働き。「性交性欲
〈ショウ〉
生まれつき。本来の性質。「性根しょうね性分癇性かんしょう気性根性こんじょう仏性本性魔性無性
男女・雌雄の別。「女性にょしょう
[名のり]なり・もと

しょう〔シヤウ〕【性】

生まれつきの性質。もって生まれた性分。「が合う」「凝り
そのもののもともとのたち。本来の性質・品質。「荒れ」「冷え
根性。たましい。性根。
「―も骨もぬけてうんざりしてしまう」〈中勘助銀の匙
陰陽道おんようどうで、木・火・土・金・水の五行ごぎょうを人の生まれた年月日に配したもの。これによって吉凶を占う。
仏語。あらゆるものが生来備えていて、外からの影響によって変わることのない本質。本性。自性。
習性。ならい。
「はづさうはづさうと思うたが―に成り」〈浄・鎌田兵衛〉
[類語]性分たち性格気性性向性情気質性質気立て人柄心柄こころがら心根こころね心性しんせい品性資性資質個性人格キャラクターパーソナリティー

せい【性】

[名]
人が本来そなえている性質。うまれつき。たち。「人のは善である」
同種の生物の、生殖に関して分化した特徴。雄性と雌性。おすめす、男と女の区別。また、その区別があることによって引き起こされる本能の働き。セックス。「に目覚める」
genderインド‐ヨーロッパ語セム語などにみられる、名詞代名詞形容詞冠詞などの語形変化によって表される文法範疇はんちゅうの一。男性女性中性などの区別がある。日本語には、文法範疇としての性の区別はない。英語でも代名詞にみられるだけで、それ以外の品詞では消滅している。
[接尾]名詞の下に付いて、物事の性質・傾向を表す。「安全」「アルカリ」「向日」「人間
[類語]性別セックスジェンダー性的男女両性雌雄同性異性

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精選版 日本国語大辞典 「性」の意味・読み・例文・類語

せい【性】

  1. 〘 名詞 〙
  2. うまれつき。もちまえ。天から与えられた本質。たち。さが。天性。
    1. [初出の実例]「宮内卿正三位藤原朝臣雄友薨。〈略〉雄友性温和、不喜怒。姿儀可観。音韻清朗」(出典:日本後紀‐弘仁二年(811)四月丙戌)
    2. 「五穀草木鳥獣魚肉、是が食となるは自然の理にして、これを食ふこと人の性(セイ)なり」(出典:安愚楽鍋(1871‐72)〈仮名垣魯文〉初)
    3. [その他の文献]〔礼記‐楽記〕
  3. こころ。心の作用。心の本体。理性。
    1. [初出の実例]「春の花にむかひ秋の月に吟じて、心をすまし性を幽にして、我と悟入せらるべし」(出典:十問最秘抄(1383))
    2. [その他の文献]〔春秋左伝‐昭公二五年〕
  4. ( [英語] sex の訳語 ) 男女、雌雄を比べた場合のそれぞれの特徴、本質。セックス。
    1. (イ) 性別。
      1. [初出の実例]「Sex 類、性(セイ)(共ニ男女ノ)」(出典:附音挿図英和字彙(1873)〈柴田昌吉・<著者>子安峻〉)
    2. (ロ) その対立から起こる本能の働き。また、その行為。性欲。性交。
      1. [初出の実例]「無益なる性の昂奮に、虐殺と猜疑と狂奔とにいがみ合へり」(出典:道程(1914)〈高村光太郎〉新緑の毒素)
  5. ( [英語] gender の訳 ) 印欧語やセム語、その他に見られる、名詞・代名詞・形容詞等の文法範疇の一つ。冠詞などとの呼応関係から男・女性、また、男・女・中性などに分ける。
    1. [初出の実例]「彼の言語の間に悉く男女の性を分って言ふことは古く Sanscrit に始まるものなり」(出典:百学連環(1870‐71頃)〈西周〉一)
  6. ( 名詞の下に付いて ) そのような性質、状態、程度であることを表わす語。
    1. [初出の実例]「従姉は那(あの)通り癲癇性(セイ)の病気で死ぬし」(出典:青春(1905‐06)〈小栗風葉〉夏)
  7. せい(精)
    1. [初出の実例]「『何物ぞ』とあらくとへば、『御鞠の性なり』とこたふ」(出典:古今著聞集(1254)一一)

性の語誌

明治初年の「附音挿図英和字彙」には(イ) の挙例のほかに、sexuality の訳として「性ノ区別」がみえる。しかし、明治中期を過ぎるまで性行為および性的欲求に直結する狭義の「性」はみえない。森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」(一九〇九)に「Sexual は性的である。性欲的ではない。併し性といふ字があまり多義だから」とあり、明治後期になって単独で狭義の「性」が登場する。


しょうシャウ【性】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 生まれつきの性質。本性。
    1. [初出の実例]「蓮華者、外国云分陀利、此物為性花実倶成、此経因果双明、義同彼花、故以為譬也」(出典:法華義疏(7C前)一)
    2. 「女の性(しゃう)は皆ひがめり」(出典:徒然草(1331頃)一〇七)
  3. 表面を覆われてわからなくなっているが、本来の性質や考え。もともとのもの。また、正体。
    1. [初出の実例]「この硯ぶたもこんなにうまそふに見へても、性(シャウ)は馬のくそや犬のくそだろふ」(出典:滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)四)
  4. 物の性質。もちまえ。また、ありのままの性状。
    1. [初出の実例]「米が一段白くしゃうもよしと云心」(出典:古文真宝笑雲抄(1525)二)
    2. 「むくろじは三年みがひてもしろくはならねへ。性(シャウ)のものを性で、おめにかけるがいい」(出典:滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)八)
  5. 習性。ならい。
    1. [初出の実例]「親兄はさし合見たらばちゃっと気をとをし、はづそふはづそふと思ふたがしゃうに成」(出典:浄瑠璃・鎌田兵衛名所盃(1711頃)下)
  6. たましい。こんじょう。精神。性根。
    1. [初出の実例]「馬もしゃうある者なれば、人々のわかれをや惜しみけん」(出典:曾我物語(南北朝頃)一〇)
  7. 物の中核になるもの。根本になるもの。
    1. [初出の実例]「上柱国と云官あり。国のはしらになる性(シャウ)になるきようある者をなすぞ」(出典:玉塵抄(1563)二三)
  8. 仏語。本来そなえている性質としての本性・自性など、外からの影響によって変わらない本質。
    1. [初出の実例]「発大悪声叫呼求食者、譬我見上レ性也」(出典:法華義疏(7C前)二)
    2. 「諸法は、ただ性(シャウ)のみあり、相は無しと云ふ」(出典:真如観(鎌倉初))

さが【性・相】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 生まれつきの性質。もちまえ。
    1. [初出の実例]「おほさはのいけの水くきたえぬともなにかうからむさがのつらさは」(出典:大和物語(947‐957頃)八)
    2. 「いとくまなきみ心のさがにて、おしはかり給ふにや侍らん」(出典:源氏物語(1001‐14頃)椎本)
  3. もって生まれた運命。宿命。
    1. [初出の実例]「ある御達の局の前を渡りけるに、何のあたにか思ひけん、よしや草葉よ、ならんさが見むといふ」(出典:伊勢物語(10C前)三一)
  4. ならわし。習慣。くせ。和歌では地名の嵯峨を掛けていうことがある。
    1. [初出の実例]「夏の夜のこもちからすのさがぞかし夜深く鳴きて君をやりつる」(出典:古今和歌六帖(976‐987頃)六)
    2. 「後れ先だつほどの定めなさは、世のさがと見給へ知りながら」(出典:源氏物語(1001‐14頃)葵)
  5. 良いところと悪いところ。人間の善悪。また、特に欠点・短所・悪癖。
    1. [初出の実例]「たがひに、さがも見へず、いとおしさも、なじむつれてましますゆへに」(出典:評判記・難波鉦(1680)五)
    2. 「日蓮に鑓こそなけれ妙の髭〈止角〉 善悪(サガ)を込たる人界の常〈同〉」(出典:俳諧・篗纑輪前集(1707)一)

性の語誌

本来は、善・悪とは無関係な意味の語であったが、その激しさや人間にはどうにもならないものという性質から、諦観に通じる否定的文脈で用いられることが多く、悪い意味としての用法が顕著になっていったと思われる。


なり‐くせ【性】

  1. 〘 名詞 〙 性質。
    1. [初出の実例]「ヒトノ naricuxe(ナリクセ)」(出典:日葡辞書(1603‐04))

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「性」の意味・わかりやすい解説

性(sex)
せい
sex

性とは何か

性(セックス)という単語は多くの意味に使われる。たとえば、性教育の「性」は、性に関する解剖・生理・病理、発生、生殖、性交法、性病(性感染症)、性心理、性役割など、性に関係するすべてを含んでいる。このように、性とは生物学的な性別だけではなく、社会が男女それぞれに期待する性役割、性的魅力、性衝動(性欲)、性愛対象の方向性(異性か同性か)、生殖行動、性交などをも意味する。

[小林 司]

セクシュアリティ

前述のような広い意味をもつ「性」を、とくに人間について抽象的に一括したことばがセクシュアリティsexuality(性的総体)であって、人間対人間の性に関するすべてに含まれる特性、能力、行動、態度、傾向、心理、感覚、生理的衝動、性的魅力をさす。つまり、セクシュアリティとは、性を生物学的な性器や性行動のほかにも、人間の性に関する心理・社会的な面をも含めてとらえ、感情・思想・行動などすべてに関連している複雑な潜在能力として、社会から影響を受けながら、社会にも影響を与えるものである。1964年にアメリカ性情報・教育評議会(SIECUS)を設立した医師のカルデローンMary Steichen Calderone(1904―1998)とカーケンダールLester Allen Kirkendall(1904―1991)は、「セックスとは両足の間(下半身)にあるものだが、セクシュアリティとは両耳の間(大脳)にあるものだ」という比喩(ひゆ)で説明した。

[小林 司]

ジェンダー

性と訳されるジェンダーgenderは、社会心理的属性としての性、つまり文化の影響を受けた男女のふるまいの差異(社会的・文化的「性」)を意味する。したがって、性自認gender identityとは「自分を男または女として自覚すること」であり、性役割gender roleとはその社会で一般的に認められている「男または女としての役割を表現すること」である。すなわち、これは精巣や卵巣、染色体などによる生物学的性別とは無関係に、周囲が期待し、また自己が認めた線に沿って行う役割ということになる。集団レベルでの役割分化を性別役割sex roleとよぶ人もある。人間らしい文化的な活動だと思われる役割はほとんど男によって占められ、女の役割は出産や育児といった、より「自然」に近い「家庭内的」活動にとどめられたのが、これまでの社会であった。一般に、女には女性的役割が、男には男性的役割が期待されている。男性ならば、強くたくましく、頭脳明晰(めいせき)で女性に優しい、などの理想像を目ざして育てられる。ボーボアールが「人は女に生まれない。女になるのだ」といったのは、こうした社会的訓練(学習)に基づいている。「もし男が性ある人間ならば、女も性ある人間にならぬ限りは男と対等のものになれない。したがって、女性であることを拒めば、自分の人間性を部分的に捨てることになる」といったのも彼女である。

 オーストリア生まれの社会思想家イリイチによれば、ジェンダーに基づく独自性は社会的に動機づけられていて、男と女とは非対称の相互補完性、両義的な対照的補完性をもっている。11世紀まではジェンダーの時代、12~18世紀はジェンダー崩壊の移行期、18世紀以降はセックスによる支配の時期であり、男と女の区別された社会的生活形態は経済的・技術的発展の影響下で急速に消滅してゆくという。つまり、ジェンダーは、二元的、具体的、地域的な物的文化を反映し、男女の間の文化的連関を反映するが、セックスは、18世紀以降、人間に共通の諸特徴の分極化によって生じた差別であり、労働力、生命力、人格、知性などを想定して男と女とに二分極化したものをいう、とイリイチは述べている。

[小林 司]

性意識の変遷

古代人の考え方

古代ギリシアのプラトンは、『饗宴(きょうえん)』のなかで次のように書いている。すなわち、人間の祖先は球形のアンドロギュノスandrogynous(両性具有)だったが、神の怒りに触れたため男と女とに二分され、それ以来お互いを追い求めて昔のように一体になろうとしているのだ。これが性愛についてのもっとも古い考えである。

 ソクラテスは、美しいものこそ善であり、男は女より美しいから、最高の善は男性同性愛だ、と述べた。『旧約聖書』にも、ソドムSodomとゴモラGomorrahの町で同性愛が流行していることが記されている。ローマ時代には異性愛を歌ったカトゥルスのような詩人も現れたが、ストア学派の哲学者たちは感情を軽視して欲求の満足を強調した。

 キリスト教の誕生時に聖パウロは、肉と御霊(みたま)は相反するものだから性行動は不道徳であり、独身・童貞・処女が好ましいと考えた。この禁欲説をアウグスティヌスが体系化し、アダムとイブの子孫である人間は原罪を背負っていて、性的快感は悪だとした。しかし、快感を伴わぬ単なる生殖を目的とした結婚ならば善だ、といった。

[小林 司]

プラトニック・ラブ

11世紀ころになると、ヨーロッパで宮廷風の愛が流行し、男は天使のような女性に奉仕する一方で、肉体的な性の満足は否定されていた。こうしたロマンチックな騎士の愛は、ルネサンス時代になるとプラトニック・ラブPlatonic loveとして広まった。愛する人の美や善を瞑想(めいそう)することにより神性に達すると考え、性欲を無視したのである。16~17世紀になるとピューリタン的考え方が出現し、ルターやカルバンは愛と結婚と性行動とは不可分のものだと考えた。すなわちプラトニック・ラブが性生活に結び付いたときのみが成熟した結婚生活とされていた。18世紀になると科学的合理主義が栄えて、フランスのモラリストであるシャンフォールは「愛とは二つの粘膜の接触だ」とさえ極言した。しかし、18世紀後半にはロマン主義が復活し、自然や官能に戻れと叫ばれた。19世紀の左派ロマン主義では、性が社会や道徳を超える抗しがたい力として率直に描かれ、右派ロマン主義では、男女を無性化して肉体よりも霊魂を重視した理想主義が唱えられ、これがやがてビクトリア朝の性抑圧につながっていく。

[小林 司]

汚らわしい性

イギリスのビクトリア朝時代には、フランス革命の反動で、性は汚らわしい、嫌らしい、下品な、隠すべきものと考えられ、女性の体の輪郭があらわになると性的だというので、バッスル(婦人用スカートの後部を膨らませるために用いる腰当て)とかクリノリン(スカートの広がりを支えたペチコート)を使ってスカートを膨らませたり、ロングスカートにより脚が露出しないようにした。イギリスのシェークスピア学者バウドラーThomas Bowdler(1754―1825)は、性的な部分をすべて削除した『家庭向けシェークスピア』を出したりして出版物から性を追放しようとしたので、わいせつ部分を削除するという意味の単語bowdlerizeが生まれた。しかし、その裏面ではポルノグラフィーが流行し、ロンドンには8万人の売春婦がいて40万人の男がこれに関係し、1851年にはイングランドとウェールズの成人女子の8%が私生児を産んでいた。

 性を汚らわしいものとしたビクトリア朝の考え方は、第一次世界大戦後のマスコミや交通の発達、ジャズや映画の流行、女性解放などによって消え去り、性をありのままのものとして受け入れる傾向が広まった。

[小林 司]

性の解放

イギリスの作家D・H・ローレンスは「性は力であり、有益であり、人間生活にとって必要な刺激である。男と女が互いに結び付いて生命の流れを形づくるのであり、性交は男と女のつながりの象徴、男と女の関係それ自体なのだ。魂をもつ限り、男と女はその関係という流れのなかで結び付き続け、性欲はその関係の現れである」と書いている。

 フランスの評論家G・バタイユによれば、男と女とが水流のように相互に流れ込み、自己を完全になくして新しい一つの連続体のなかに溶け合うという交流状態にどこまで近づけるかが、人間の性的結合の価値を測る基準となる。

 ドイツ生まれでアメリカの精神分析学者エーリヒ・フロムは、フロイトの理論を、性心理を無視した生理学的唯物主義であると批判して、女性に特有の性愛が無視されていると指摘した。そして彼は、性愛の本質を、完全な融合への渇望、一人の人間の他の人間との結合の渇望とみていた。

 ドイツ生まれのアメリカの哲学者マルクーゼは『エロス的文明』(1955)で次のように主張した。

 文明社会は、性を家庭とベッドのなかに性器優位のものとして閉じ込め、これに違反する者に対しては売春婦、変質者、性脱常(性倒錯)者といった汚名を浴びせる。しかし、性本能は単なる性器優位の性よりももっと広い内容をもっている。つまり、生殖にだけ役だつ性というよりは、肉体の性感帯から快楽を得る機能をもっている。生殖は単にその結果にすぎない。性を単なる生殖でなく、このような人間のパーソナリティー全体を含めたエロスの機能に引き戻し、そのエロスを抑圧することなしに昇華させることこそ、疎外された労働を打破する原基となる。こうして仕事と遊びとが一致する状態は、オートメーションがすべての労働を代行してくれる時代に実現するだろう。

 また、ケート・ミレットKate Millett(1934―2017)は『性の政治学』(1970)において、性とは政治的含みをもつ一つの地位カテゴリーであり、性交は個人的ないし私的領域における性の政治(権力構造的諸関係)のモデルとしての役割をもちうる、と述べている。

 フランスの政治思想家D・ゲランは、性の解放が社会的解放と一体をなしていると考え、次のように述べている。

 性欲の抑圧は、一夫一婦制と家族制度とを守るために欠くべからざるものであり、性欲抑圧が経済的奴隷制度の一手段になっている。人間疎外の脅威に対抗するのはエロスであり、各自がそれぞれの流儀で愛を行う自由は人間に残された最後の権利であり、人間を擁護する手段の一つである。性の自由という問題はなく、自由一般の問題だけがある。資本主義とピューリタニズムとに押しつぶされている人間の完全な解放にはエロスの解放が必要である。そして、特定の相手や性行為の特定の型にこだわらぬ、あらゆる形の、不特定多数の人々との性愛は、友愛的な社会を築いていくための一つの契機である。

 このように、性を性器や性交に限定せず、セクシュアリティとしてとらえたり、性を解放すべきだという考えにたどり着くまでに、2000年の歴史を要したのであった。

[小林 司]

エイズの時代

伝統的な性規範からの解放が進む一方、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染によるエイズ(後天性免疫不全症候群)とおぼしき症例が1959年にイギリスで初めて発見されて以来、1982年ごろからエイズが性感染症として全世界で猛威を振るい始めた。国連合同エイズ計画(UNAIDS)と世界保健機関(WHO)のエイズ報告(2007年12月)によると、世界のHIV/エイズ感染者の推定総数は3320万人に上る。その推計分布をみると、西ヨーロッパ76万人、東ヨーロッパおよび中央アジア160万人、北アフリカ・中東38万人、東アジア・太平洋諸国80万人、南・東南アジア400万人、サハラ以南のアフリカ2250万人、オセアニア7.5万人、北アメリカ130万人、カリブ海岸23万人、中南米160万人となっている。

 また、国連合同エイズ計画の2006年11月の推計によると、南アフリカのHIV感染者は15歳以下の子供24万人を含む約550万人で、感染者約570万人のインドとともに世界最多国の一つとなっていて、感染者数が著しく多い。

 2007年7月に公表されたミレニアム開発目標(MDGs)報告では、2006年にはエイズによる死亡者数は全世界で約290万人に増加し、2005年には1500万人以上の子供がエイズで母親か父親あるいは両親を失った(政府開発援助白書による)。

 日本では、2005年(平成17)4月の時点での累積報告数として、HIV感染者6734人、エイズ患者3336人を数え、合わせて1万人を超えていたとされる(財団法人エイズ予防財団の資料による)。また、厚生労働省のエイズ動向委員会の資料によれば、2008年3月時点でのHIV感染者総数は9643人、エイズ患者総数は4544人となっている。その推定感染地の87.7%が国内であり、感染経路は性的接触(異性間・同性間)が87.8%を占めている。この他に、血液製剤、薬物乱用時の静脈注射、母子感染がある(厚生統計協会刊行『国民衛生の動向』2008年版による)。なお、日本国内の実際の感染者は、これを数倍上回ると推測される。

 ウイルス感染者の7~15%ほどの人がエイズを発症し、そのうちの80%が3年以内に死に至るといわれているHIV感染を予防するには、性行動についての知識が欠かせないため、「性」を語ることをタブー視する傾向は大きく変わらざるをえなかった。さらに、エイズが確認され始めた当初は、同性愛者にエイズ患者がみられたという事実から、同性愛についての研究も促進された。これらは、エイズによる予期せざる効果といえよう。HIV感染者への発症予防薬の開発も進んではいるが、感染予防の知識普及が急務である。

[小林 司]

性科学の歩み

性について科学のメスが入ったのは、1850年代以降のことにすぎない。

[小林 司]

性的異常の研究

フランスの精神病学者ベネディクト・A・モレルBénédicte Auguste Morel(1809―1873)は1857年に『変質徴候』を著し、神が創(つく)り給(たも)うた原型から外れている変質型が心身の病気や性的異常をおこすと考えた。

 ドイツの精神科医クラフト・エービングRichard von Krafft-Ebing(1840―1902)は『性的異常性格者』を1886年に著し、彼の命名によるサディズムやマゾヒズムなど、性の異常行動や性的犯罪をたくさん紹介した。これにより、性にも生殖以外の面があることが明るみに出た。オーストリアの精神科医フロイトは、ヒステリーの原因が性の抑圧にあることを1896年に発表し、幼児にも性欲があり、口唇期・肛門(こうもん)期・男根期・性器期などの段階を通って性的に発達するという精神分析学説を唱えた。

 ドイツの皮膚科医イワン・ブロッホIwan Bloch(1872―1922)は、人類学や民族学の方法論を採用して性の見方を変革し、1902年に『性的異常性格の病因への貢献』を書いて、「性脱常(性倒錯)が病気でもないし変質の結果でもなく、あらゆる時代に異なる民族で人類全体にみられる現象である」と述べた。また、性科学Sexualwissenschaft(ドイツ語)、セクソロジーsexologyということばを1906年につくったのもこの人である。

 また、かつて女性は性快感を感じないものとされていたが、それが異常状態だと指摘してシュテーケルWilhelm Stekel(1868―1940)が、不感症という用語をつくったのは1907年になってからであった。

[小林 司]

性行動の研究

イギリスの医師で性心理学者のハブロック・エリスは、通常の性生活を調べて『性の心理』(1896~1914)を著し、性行動は少年・少女にも現れるし、女性にも性欲があること、不感症は心因でおきること、自慰(マスターベーション)が無害であることなどを明らかにした。

 イギリスの産児制限運動家マリー・ストープスは『結婚愛』(1918)のなかで、女性の健康や力を十分に発揮するためには適度の回数のオルガスムスが必要だとか、正常な性関係が欠けていると中年未婚女性は神経質か不眠になる、と述べた。

 フロイトの弟子ウィルヘルム・ライヒは1923年ごろ、蓄積された性エネルギーをオルガスムスとして放出すれば神経症にならないし、個人と社会との不幸を除くことができる、と主張した。彼とイギリスの人類学者マリノフスキーは、性の抑圧は母系社会にはなくて、父系社会になると初めて現れた、と説いている。

 オランダの産婦人科医バン・デ・ベルデTheodor Hendrik van de Velde(1873―1937)は1926年に『完全なる結婚』を著し、性交体位や口唇性交を記述し、性行動は2人が完全に一つだということを表現する男女のコミュニケーションの重要な一形式であるから双方の満足が必要だ、と主張した。

 第二次世界大戦後、アメリカの動物学者キンゼイAlfred Charles Kinsey(1894―1956)らが「キンゼイ報告」として知られる『人間男性の性行動』(1948)と『人間女性の性行動』(1953)を公刊し、5300人の男性と5940人の女性の性行動を面接によって確かめた。同じくアメリカの産婦人科医マスターズWilliam Howell Masters(1915―2001)と臨床心理学者バージニア・E・ジョンソンは、男女の性行動を実際に観察してその生理を初めて科学的に明らかにし、1966年に『人間の性反応』を、続いて1970年に『人間の性不全』を公刊したが、後者では勃起(ぼっき)障害(インポテンス)をはじめとする性機能障害の治療に大きく貢献した。この両著は「マスターズ報告」として知られる。以後、同様な研究が続いたが、人間の性行動の全体像が数量的に明らかになったのも、20世紀なかば以後のことにすぎないわけである。

 統計学的にもっとも信用が置けるといわれている、社会学者のロバート・T・マイケル、ジョン・H・ギャノンらによる調査報告書『セックス・イン・アメリカ』(1994)によると、18~59歳のアメリカ人3432人を対象として1992年に行われたその調査では、性交渉を初めて体験する年齢(初交年齢)は低下傾向にあり、1962~1972年の間に生まれた白人男性の初体験の年齢平均は17~18歳、黒人男性で15~16歳であった。20歳に達した男女の70~90%が性交経験者である。それと同時に男女の同棲(どうせい)も増え、1963~1974年に生まれた女性で、同棲をしないで結婚に至ったケースは36%にすぎない。性交の頻度は年齢によって異なるが、25~29歳では男性の場合「月に数回」が31%、「週に2~3回」が36%、女性ではそれぞれ38%と37%であった。性交で「かならずオルガスムスに達する」のは、男性75%に対して、女性は29%と少ない。「きわめて強い肉体的快感を覚える」は、男性47%、女性40%。「自分をホモセクシュアルまたはバイセクシュアルだと考えている者」は男性の2.8%、女性の1.4%を占めた。ちなみに、16~44歳の男女を対象にしたイギリスにおける調査(1988)では、「婚前性交が悪い」と考える者は10%に満たず、「結婚で性がもっとも重要な因子だ」と考える者は16.9%であった。

[小林 司]

多様な性の研究
性同一性障害

生物学的な性は、XX(女性)とXY(男性)という性染色体の違いによって決まるといわれている。しかし、それによって決められた自分の性を脳がそのまま受け入れるか、それとも「自分は別の性に属している」と感じているかは別の問題である。自分が属している性が、かならずしも性染色体で決められた性と一致しない場合があることがしだいに明らかになり、これを「性同一性障害」gender identity disorderとよぶ。

 性同一性障害とは、「自分は別の性になりたい」「自分は別の性に属しているはずだ」という考えを強く持続的にもつ者に対して用いられ、ヨーロッパの統計では男性の場合には3万人に1人、女性では10万人に1人いるという。これは、たとえば女性になれば兵役に就かなくてすむなど、別の性になれば文化的に有利になるから性を変えたいといった、利害得失から計算された欲望ではなく「いま、属している性では違和感が強く、不適当である」という感じが強い場合にだけ当てはまり、性的指向が同性にある同性愛とも異なる。先天性の副腎(ふくじん)皮質肥大などの身体的中性症状があるという理由だけでは性同一性障害とは診断できず、むしろ社会的ないし職業その他の面で不快や不都合がある場合に初めてそう診断される。日本では、性同一性障害と診断された30歳代の女性患者について、埼玉医科大学の倫理委員会が承認した性別再指定手術(性転換手術)が初めて1998年(平成10)5月に行われた。性同一性障害の原因については、まだ完全に明らかにはされていないが、後述する胎児期のホルモン異常による可能性が有力視されている。

 2008年現在では、ICD-10(世界保健機関の疾病および関連保健問題の国際統計分類第10版)およびDSM-Ⅳ-TR(アメリカ精神医学会刊行の精神疾患の診断と統計マニュアル第4版新訂版)によりその医学的分類・診断基準が決められていて、その基準に基づき、手術やホルモン療法など、さまざまな治療が行われている。日本国内の主要治療機関で性同一性障害と診断された人はおよそ5000人ともいわれているが、実態はその数字を大きく上回っているだろう。

 2004年に性同一性障害者特例法(正称は「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」平成15年法律第111号)が施行され、一定の条件下のもとで戸籍の性別の訂正が可能となった。

[小林 司]

同性愛

ドイツの医師マグヌス・ヒルシュフェルトMagnus Hirschfeld(1868―1935)は、自身も同性愛者だったので、男と女以外に間性があると考え、同性愛を犯罪とみなして懲役に処していたドイツ刑法を改める運動を1897年に始め、シャルロッテンブルク市に性科学研究所を創立した。これは1900年にベルリンに移されたが、1933年にヒトラーによって弾圧・閉鎖され、資料を焼かれた。

 その後も、確たる根拠のない社会的偏見によって「同性愛は異常だ」とみなされ、欧米では犯罪として刑罰を与えた国も少なくなかったが、こうした考え方も20世紀なかば以降著しく変わってきた。アメリカ精神医学会が1952年に発表した『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM)をみると、同性愛は「人格障害」のなかの「社会病質的人格障害」の「性的偏り」sexual deviation(性的逸脱、従来の用語での性倒錯)のなかに分類され、当時は精神分裂病質やアルコール依存症、麻薬中毒などとともに精神異常とみなされていたのである。その16年後に発表された第2版のDSM-Ⅱ(1968)になっても、「人格障害およびある種の他の非精神病的精神障害」のなかに「人格障害」と「性的偏り」が並び、そのなかに同性愛も含まれていた。その12年後に発表されたDSM-Ⅲ(1980)でも、心理的障害のなかに自我緊張異常性同性愛が含まれている。ところが、その次に発表されたDSM-Ⅲ-R(1987)では、性障害を人格障害の一部へ無理に押し込むことをやめて、淡々と事実を並べることになり、向精神薬乱用、精神分裂(統合失調症)、感情障害などと並列にとらえ直している。しかも、同性愛はこの性障害のところには見当たらず、性役割自我同一性障害(自分の性に強い違和感をもち、別の性になることを強く望む心理状態)という新しい独立項目へ移されている。さらに7年後の第4版DSM‐Ⅳ(1994)になると、パラフィリア(性脱常)、露出症、フェティシズム、マゾヒズム、サディズム、異性装症などが性的障害として残されているのにもかかわらず、同性愛は完全に分類から消えている。また、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)でも、1990年承認(1992年出版)の第10版より「同性愛」の項目は削除された。つまり現在では、同性愛は精神障害とはみなされていないのである。その後、同性愛を法律で処罰する国や州は大幅に減り、「同性愛者は公務員に就職できない」という法的規制が撤廃されたり、同性愛者同士の結婚が法律上認められるようになった国もある。

 このように同性愛に対する考え方が変わってきたのには、同性愛者を含めたマイノリティ(少数者)の人権擁護運動の成果に加え、次に述べるような科学的根拠の発見という背景があった。

 脳にある性中枢(内側視索前野など)の構造は男女で異なっているが、胎児期にそれが発達する一定の時期(性分化の臨界期)に異性の性ホルモンなどを与えると、性中枢の構造が異性のものへと変化することがわかってきた。人の脳の臨界期は胎児期の5~7か月であり、本来はすべて女性型である胎児の脳がこの時期に男性ホルモン(アンドロゲン)類似の化学物質にさらされると男性型の脳ができる。たとえば、生物学的に男である場合にはアンドロゲン不足により女性脳ができ、生物学的に女の場合には、アンドロゲン過剰によって男性脳ができる。つまり、身体は男性でも脳は女性、またはその逆、という胎児が生まれる。このように、胎児期のホルモン異常に基づく脳の異常形成を同性愛の原因とする仮説が、動物実験などによってしだいに有力となってきた。その最初は、カンザス大学のフェニクスらによるモルモット実験(1959)であった。その後、ベルリンのダナーは、ベルリン空襲を体験した妊婦から同性愛者が多く生まれたという事実に着目して、妊娠中の母体へのストレスが同性愛の原因であると推定し、この仮説が正しいことを動物実験によって確かめた。ストレスによって分泌されるステロイドホルモンの化学構造が性ホルモンに類似しているため、脳のセンサーが混乱して異性の脳につくりかえるものと考えられる。これらのほかにも、環境因子を原因とするものなどさまざまな仮説があり、性別と性自認の不一致や同性愛をめぐるメカニズムはいまだ完全には解明されていないが、「異性の脳」をもって生まれてくるとすれば、同性愛や性同一性障害といった多様な性の存在も当然であると考えられる。

[小林 司]

人類学的にみた性

さまざまな社会の性

社会によって、男性、女性それぞれがすべき役割、それぞれに期待される役割というものが、たとえ漠然とした形でも決められている。これらを性別役割という。また男性、女性それぞれがすべき行為、すべきでない行為に関しても、やはり社会によって何らかの形で決められたものがあり、これらは性別規範とよばれる。

 これらの性別役割、性別規範に関しては、いくらかの一般的な傾向はある。たとえば、狩猟採集社会では、狩猟は男性が行うのが一般的であり、採集は女性が行うという傾向がある。また、出産、授乳は生物的に女性しかできない役割である。しかし、このように女性にしかできない役割はあるが、そのほかの性別役割、性別規範は社会によって非常に異なり、特定の役割や規範をいずれかの性と結び付けることはむずかしい。

 また、男性的なパーソナリティ、女性的なパーソナリティも、社会によって異なる。アメリカの文化人類学者のマーガレット・ミードは、ニューギニアの三つの社会の研究により、アメリカ社会で男性的、女性的とされるパーソナリティが、ほかの社会では一般的でないことを示した。ある社会では、アメリカで男性的とされるパーソナリティを女性がもち、逆にアメリカで女性的とされるパーソナリティを男性が有していた。また、別の社会では男性も女性も、アメリカで男性的とされるパーソナリティを有し、もう一つの社会では男性も女性も、アメリカで女性的とされるパーソナリティを有していた。

 これらのことから、性別役割、性別規範、性別のパーソナリティは社会によって異なることがわかる。したがって、男性らしさ、女性らしさは社会によって異なり、われわれはそれらを社会から「学習する」という側面がある。言い方をかえるならば、男性らしさ、女性らしさは「社会によってつくられる」面がある、ということになる。このような考え方から、生物学的な性と社会的な性は別のものであり、前者をセックス、後者をジェンダーとして分けて考えることが有効であることが主張されてきた。もちろん、男性らしさ、女性らしさは生物学的な影響を受けるのだが、社会的な影響は、従来考えられていたよりはるかに大きいことが認められ始め、このような考え方が受け入れられている。

 以上のように、性別役割、性別規範、性別のパーソナリティが社会によって異なる一方で、性に関しては非常に普遍的な歴史的側面もある。それは女性の劣位性という問題である。すなわち、女性は男性よりも歴史的に「劣った性」として認識されてきた、ということである。一部の女性に対して社会的に優位なものとして扱う社会はあっても、女性全体に対してこれを男性よりも高い地位に置く社会はほとんどない。少なくとも、女性が政治的に男性よりも強い権力をもつということが制度的に確立している社会は存在しない。母権制という制度の存在が主張され、これは女性が政治的権力を有している社会であり、ある時期に存在していたとして想定されたが、過去にそのような社会が存在したことは認められてはいない。つまり、すべての社会で、女性は男性よりも「劣った性」として認識されてきたのである。

 これに対しては、さまざまな説明がなされている。男性が女性よりも生物学的に身体が大きく、筋力があることなどから、男性の優位性を説明する主張がある。また、自然と文化の対立という視点から女性の劣位性を説明する主張もある。これは、女性が出産という機能をもつことに注目し、出産の機能を自然と文化の対立という視点から、自然と結び付くとするものである。これに対して、出産をしない男性は文化と結び付き、したがって自然を乗り越えて文化を築き上げてきた人間にとっては、自然と結び付く女性ではなく、文化と結び付く男性が優位とされる、という説明である。しかし、この説明に関しては、自然と文化という対立は西洋的な対立であり、かならずしも人類に普遍的な図式ではないという批判があり、この問題に関しては議論が続いている。

[豊田由貴夫]

生物の性

生物学では、同種の生物に雌雄の別のあることを性という。多くの高等生物では生殖細胞(配偶子)に2型があり、一つは細胞質に富む比較的大きな細胞で、運動性に乏しい。これを雌(し)生殖細胞(雌性配偶子)または卵(らん)という。もう一つの生殖細胞は小形で細胞質に乏しく、多くは鞭毛(べんもう)をもち活発に運動する。これを雄(ゆう)生殖細胞(雄性配偶子)または精子という。卵をつくる性質をもつ個体を雌とよび、精子をつくる性質をもつものを雄という。しかし1個体のなかで卵と精子がつくられる種類も多く、個体の性としては雌雄同体という。吸虫、ミミズ、カタツムリ、ナメクジ、ある種のホヤなどがその例である。個体の性が分離している場合を雌雄異体という。雄と雌とは非常にかけ離れたものというよりは、両方の形質が1個体内に同居していて、その量に違いがあるだけのことが多く、雄にも雌の形質と考えられる乳腺(にゅうせん)があり、めんどりにもおんどりの形質であるとさかがついている。また、異体と同体の中間の段階もある。要するに性は相対的なものである。

[川島誠一郎]

性的二形

雌雄異体の動物において、外部形態または内部形態が性により異なる場合をいう。音声や発光性などの生理学的な違いも性的二形に含めることがある。

[川島誠一郎]

単細胞生物の性

ゾウリムシ、タイヨウチュウ、大腸菌のような単細胞生物でも、生活史のなかで2個の細胞が接合し核(または核質)の合体や交換のおこる場合がある。この際、接合する細胞には特定の組合せがあり、どの細胞でも接合できるのではない。すなわち性の分化がある。多くの場合、外見上の区別ができないが、運動性に違いがあれば、大きくて動きの鈍いものを雌、小さくてよく動くほうを雄という。

[川島誠一郎]

性決定

多くの脊椎(せきつい)動物や昆虫などの性は遺伝子に支配されている。すべての細胞の核には常染色体のほかに性染色体がある。性染色体は雄または雌の一方がホモ(同型)で一対のX(またはZ)をもち、他方がヘテロ(異型)でXとY(またはW)の1本ずつをもつ。たとえばヒトにおいては、細胞核中に22対の常染色体と女ではX染色体が2本含まれ、男ではX染色体とY染色体が1本ずつ含まれている。減数分裂の結果、卵はすべて22本の常染色体と1本のX染色体をもっているが、精子にはX染色体をもつものとY染色体をもつものが生じる。前者が卵と受精すれば女児ができ、後者が受精すれば性染色体はXYとなり男児ができる。雄ヘテロ型か雌ヘテロ型かは動物の種類により異なる。性染色体による性決定は、性の決定にあずかる遺伝子の存在を示す。この遺伝子が雌雄性を発現させるには特定の物質(性決定物質)の介在を必要とする。

[川島誠一郎]

性分化

性は発生の過程で分化してくるのであるが、性染色体上の遺伝子が決定的な作用をしているとは考えられない場合もある。ボネリアのような下等無脊椎動物のあるものがそれで、発生中の条件により性分化の方向が支配されるので、遺伝子の作用が明瞭(めいりょう)でない。また、実験的に性転換をおこさせる研究から、雌決定物質、雄決定物質が種々の動物で確認されている。脊椎動物でも魚類や両生類のある種類では、性ホルモンによって雌雄自由に性を転換させることができる。雌雄の違いは、まず生殖腺が卵巣になるか精巣になるかでみられる。輸卵管や輸精管など生殖輸管にも雌雄の違いがある。これらを第一次性徴という。ヒトののどぼとけやニワトリのとさかのような生殖器官以外の性の違いは第二次性徴という。種々の動物でこれら性徴の多くが性ホルモンで支配されていることがわかってきた。すなわち、遺伝子が性決定をしている動物では、遺伝子の作用により性ホルモンなどのでき方が支配され、その結果として性分化がおこると考えられる。しかし哺乳(ほにゅう)類での最初の性決定機構(生殖腺が精巣になるか卵巣になるか)は、性ホルモンではなく、Y染色体上の遺伝子によって支配されるH‐Y抗原によることがわかってきた。H‐Y抗原が生殖腺原基に作用すると、生殖腺が自動的に卵巣へ分化することを抑制して精巣分化へ導く。精巣がひとたび分化すると、精巣の分泌する雄性ホルモンやミュラー管抑制物質により他の性徴が発現されるのであり、この段階での性分化には遺伝子の直接的支配はないといえる。

[川島誠一郎]

『アルフレッド・C・キンゼイ他著、永井潜・安藤画一他訳『人間における男性の性行為』上下(1950・コスモポリタン社)』『アルフレッド・C・キンゼイ他著、朝山新一他訳『人間女性における性行動』上下(1954~1955・コスモポリタン社)』『安田一郎編『性思想の名著』(1973・学陽書房)』『小林司・徳田良仁編『人間の心と性科学』Ⅰ・Ⅱ(1977、1978・星和書店)』『H・リーフ編、小林司訳『現代の性医学』(1979・星和書店)』『W・H・マスターズ、V・E・ジョンソン著、謝国権他訳『人間の性反応』(1980・池田書店)』『M・ダイアモンド、A・カーレン著、田草川まゆみ訳『人間の性とは何か』(1984・小学館)』『J・マネー、H・ムサフ編『性科学大事典』(1985・西村書店)』『M・ダイアモンド著、池上千寿子・根岸悦子訳『セックスウォッチング――人間の性行動学』(1986・小学館)』『M・フーコー著、渡辺守章訳『性の歴史Ⅰ 知への意志』(1986・新潮社)』『J・M・ライニッシュ、R・ビーズリー著、小曽戸明子・宮原忍訳『最新キンゼイ・リポート』(1991・小学館)』『J・L・フランドラン著、宮原信訳『性の歴史』(1992・藤原書店)』『G・R・テイラー著、岸田秀訳『歴史におけるエロス』(1996・河出書房新社)』『ロバート・T・マイケル他著、近藤隆文訳『セックス・イン・アメリカ――はじめての実態調査』(1996・日本放送出版協会)』『I・イリイチ著、玉野井芳郎訳『ジェンダー――女と男の世界』(1998・岩波書店)』『D・モリス著、日高敏隆監修、羽田節子訳『セックスウォッチング――男と女の自然史』(1998・小学館)』『A・ドウォーキン著、寺沢みづほ訳『インターコース――性的行為の政治学』(1998・青土社)』『加藤秀一著『性現象論――差異とセクシュアリティの社会学』(1998・勁草書房)』『J・バトラー著、竹村和子訳『ジェンダー・トラブル――フェミニズムとアイデンティティの撹乱』(1999・青土社)』『赤川学著『セクシュアリティの歴史社会学』(1999・勁草書房)』『上田あや著『変えてゆく勇気――「性同一性障害」の私から』(岩波新書)』『M・ミード著、田中寿美子他訳『男性と女性』上・下(1983・東京創元社)』『E・アードナー、S・オートナー他著、山崎カヲル監訳『男が文化で、女が自然か――性差の文化人類学』(1987・晶文社)』『高畑由起夫編『性の人類学――サルとヒトの接点を求めて』(1994・世界思想社)』『E・モーガン著、望月弘子訳『女の由来――もう1つの人類進化論』(1997・どうぶつ社)』『B・マリノウスキー著、泉靖一・蒲生正男・島澄共訳『未開人の性生活』(1999・新泉社)』『山村雄一監修、荻田善一・松本圭史編『性Ⅰ』(1979・中山書店)』『ピーター・カイロ著、川島誠一郎訳『ライフサイクル――生と死の進化学』(1982・どうぶつ社)』『日本比較内分泌学会編『性分化とホルモン』(1984・学会出版センター)』『長谷川真理子著『オスの戦略メスの戦略』(1999・日本放送出版協会)』『岡田益吉・長浜嘉孝・中辻憲夫編『生殖細胞の発生と性分化』(2000・共立出版)』



性(gender)
せい
gender

インド・ヨーロッパ語やアフロ・アジア語に典型的にみられるところの、単語の文法的類別。たとえばフランス語のamiは男性名詞で「男友達」を、amieは女性名詞で「女友達」を表すといったように、単語によって男性masculine、女性feminine、中性neuterのような区別や、生物animate、無生物inanimateのような対立がある。同じインド・ヨーロッパ語でも、aに終わる単語ならかならず女性(例komnata「室」)、oに終わるなら中性(例slovo「言葉」)、子音に終わるなら男性(例stol「テーブル」)のように、性がその単語の音形(主として語尾の音)によって決まっているロシア語のような言語があるかと思うと、音形とは無関係に、個々の単語について決まっている英語(たとえばship「船」は女性、car「くるま」は人によって、または方言によって、中性ともなれば女性ともみなされる)のような言語がある。動物の自然性(父―男性、母―女性)と関係している言語もあれば、いちおう別個の言語もある。たとえば、ロシア語のdyadya(おじさん)は、音形としては女性形なのであるが、実際には男性として活用する。文法上の性は永久不変のものではなく、同じ言語のなかでも時代によっても変わることがあり、たとえばアメリカ合衆国の新聞『シアトル・タイムズ』は、1982年2月25日号で、ship(船)を女性とみなすか中性とみなすかで読者の声を多数集めた紙上討論をしているくらいである。性は名詞の文法範疇(はんちゅう)であるばかりでなく、それに関係する冠詞、形容詞、指示詞、順序数詞などにも、文法的「一致」の形で現れ、また動詞の語形変化のうえにも現れることがある。たとえば、フランス語の定冠詞には、男性のleと女性のlaがあるが、「勇気」は男性名詞なのでleがつき(le courage)、「臆病」は女性名詞なのでlaがつく(la lâcheté)。その「一致」の範囲は言語によって異なり、同じインド・ヨーロッパ語でも、ロシア語のような言語は、名詞句を構成するすべての指示詞、代名詞、形容詞などに性の一致を及ぼすが、イラン語(ペルシア語)ではそうではない。文法的性は、前述のように自然性とかならずしも関係あるわけではないから、南アフリカのバントゥー語にみられるような多数の名詞クラス(二十数種)も、その一種と考えてよい。その場合、両者に共通なのは、文中における語句のまとまりを単語の標識のうえで示す働きである。

[橋本萬太郎]

『『月刊言語 特集 性と数』第7巻第6号(1978年6月・大修館書店)』『O・イェスペルセン著、半田一郎訳『文法の原理』(1958・岩波書店)』

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改訂新版 世界大百科事典 「性」の意味・わかりやすい解説

性 (せい)
sex

〈性〉ということばにはさまざまな意味がある。まず〈性〉は生物の多くの種にみられる二つの表現形態の区別で,ヒトであれば男性-女性,動植物であれば雄性(雄)-雌性(雌)の区別を意味する。次に,この二つの性が存在するところから生じる行動,現象も一般に〈性〉といわれる。

 ヒトの場合,性は遺伝子によって決定され,発生の過程で内性器,外性器の性分化が起こる。これを一次性徴という。次いで思春期にいたると,男子では筋骨の発達やひげが生えるというぐあいに,一見して〈男らしい〉〈女らしい〉体つきとなる。これを二次性徴と呼ぶ。さらにヒトではこのような生物学的な性別によって,社会的に期待される態度,行動,意識,服装などが違っているのがふつうで,これを性役割と呼んでいる。生物学的に決定されている一次・二次性徴に対して,社会的に規定されて身につけられるこのような特徴を三次性徴と呼ぶこともある。もっとも,社会が男女それぞれに期待する性役割は,時代,地域,社会階層など,文化によって大きな相違がある。

 一方,個人の側で,男女それぞれの性を引き受けていく過程を性同一化という。これには,幼児期に父母などの身体の構造の違いを発見してヒトには男女の2種があることを認識する性別意識,その二つの中で自分が男(父と同じ性)ないし女(母と同じ性)に属することを認識する性自認が基盤となる。そしてさらにそれぞれの発達段階において周囲の人々が期待する性役割を内面化しつつ,青年期にいたると,二次性徴の発動や精通,初潮,性衝動(性欲)の自覚などともあいまって,男性または女性としての自己同一性を形成,確立するにいたる。この心理-性的psycho-sexualな自己同一性を男性的同一性(男らしさ),女性的同一性(女らしさ)と呼び,まとめて性的同一性gender identityといって,生物学的な意味での性同一性sex identityと区別する。

 ところで,性ということばは,このような男女(雌雄)の別を意味するだけでなく,男女の別があることから生ずるさまざまな現象をも意味する。たとえば,セックスsexという外来語は,日本においては性交を意味し,セクシーsexyということばは主として異性に訴えかける性的,色情的な魅力を意味する。性的興奮とか性衝動という場合には,異性ないし性交に対する傾向,動機づけを意味している。ただし,英語のsexが〈切断する〉という意味のラテン語secareに由来するとされているように,主として分離,区別の側面を強調しているのに対して,日本語の〈性〉なる語は性質,本性などという熟語からもわかるように,事物の本質や特徴を示しているというニュアンスの相違がある。このような〈性〉ということばの多義性を念頭に置きながら,以下,人間が性についてどのように考え,対処してきたかを歴史的に概観してみよう。

性についての思想では,古代ギリシアの哲学者プラトンが《シュンポシオン(饗宴)》で述べているものが最も有名である。すなわち彼は,ヒトはもともと男女が一体であったが,神がこれを二つに切断したので,分かたれたそれぞれは,かつての一体であった相手を激しくもとめ,合体によって原初の状態を復元しようとするのだと考える。ここからは,完全かつ理想的な人間像は両性具有(アンドロギュノス,ヘルマフロディトス)であるとする思想が生じるが,実際ギリシアの彫刻などには乳房とペニスをもった形姿が数多く見られる。医学的には,両性具有ないし間性的個体は半陰陽として一種の奇形と今日では考えられているのであるが,それはともかくとして,プラトンの説明は,性や性の衝動が人間性の根源にかかわるものであることを認めているものといえる。これに対応する東洋思想は中国の陰陽の思想であって,相対する性質をもつ気の二側面が相互に引き合い,補い合いながら万物が消長するとともに,両者は一体として完全なもの(太極または道)に統合されていると説く。そこでは男女の関係もこの陰陽の原理に包摂されると考えられた。

 プラトンは,人間が根源的にもつ原初の理想的状態への衝動をエロスと呼んだ。プラトンのエロスは確かに男女の愛を含むものであったが,そればかりではなく,ともに真理を探究することによってイデアの世界に達しようとする師弟間の愛なども含んでいた。〈プラトニック・ラブ〉の本来の意味は今日の同性愛であるといわれる。

 一方,キリスト教は,このようなヘレニズム的世界の性思想や,ユダヤ教を含む先行諸宗教の性思想を,快楽主義と批判して,夫婦間の性交だけをよしとするパウロの主張を教会の教えとして確立するにいたる。禁欲と純潔を美徳とする意見が,中世にいたると支配的となり,性はもっぱら,〈生めよ,殖(ふ)やせよ,地に満てよ〉という神の意志に奉仕する生殖の手段としてのみ是認されるにすぎなくなる。自慰,同性愛,獣姦,姦通などが神に背く悪徳とされる理由の一つは,これらの性行動が快楽の追求を目的として,生殖に貢献しないためである。また地上の愛エロスは,天上ないし神の愛アガペーに対して,一段と下に位置する愛であり,肉体的欲望(性欲)は,精神的なものに比して下等で恥ずべきものと考えられた。カトリックでは聖職者(神父,尼僧)に対しては禁欲と独身を要求し,信者に対しては貞潔を求めている。しかし,宗教改革家ルターは,性に対する人間の欲望をきわめて自然で強いものとみ,独身主義をむしろ危険なものと考えた。一方カルバンは,夫婦の関係を神聖視し,その他の不倫な性行動を罪とみなした。

 キリスト教による性の抑圧は,西欧社会の性に大きな影響を与えたが,キリスト教の支配がゆるんだルネサンス期には文学,美術に性や肉体の復権をうたったものが現れた。18世紀にはディドロやルソーが性をありのままに認めて科学的考察の対象とすることを主張し,《オナニア》などの通俗性科学書がいくつも現れて人々に正誤さまざまな知識を与えた。19世紀も末になると,クラフト・エービング,ヒルシュフェルト,エリス,S.フロイトらの医学者たちが,性を教会や裁判所の問題から,研究室や治療室の問題に移した。性に対するたてまえ上の禁圧がきびしかったビクトリア朝時代の終りに,医学者を中心とする性の自然科学的研究=性科学が誕生し,20世紀に向けて発展してきたのは決して偶然ではない。

 東洋における宗教諸派の性に対する態度は多様で,肉欲を煩悩とみなしてそこからの超越や禁欲を説く立場から,性を宇宙,自然,人間を生かし支配する生命の根源的現象として肯定し,積極的に〈性愛の技術ars erotica〉を説く立場までさまざまである。しかし,日本の社会は織田信長の叡山(えいざん)焼打ち以来とくに〈世俗的〉であって,伝統的な性の習俗には宗教の影響が少ないといわれる。もっとも,江戸時代には武士階級の倫理として儒教の影響が強く,これが明治以後は,一般市民の倫理に拡大されたので,現在の日本人の性に対する態度は,儒教的な禁欲主義・純潔主義的なたてまえと,伝統的・民衆的な自然でおおらかな本音との二重構造となっているとも考えられる。

人間の性の現象は,共時的にみても全体としてきわめて多面的であり,そこには生物学的,心理学的,社会学的,人間学的な意味が複雑に内蔵されていると考えられる。第1に,生物学的にみて,生物のもつ最大の意義が生殖にあることはいうまでもない。性交による受胎を経て,ヒトは次の世代を創造し種族を維持する営みを続けてきたし,今後も続けていくことであろう。しかし,現代人の性交のほとんどが妊娠を望んでの性交でないことも事実であって,生殖がもはや人間の性行動の最大の目的でないことは明らかである。すなわち,性交や肉体的接触は,性衝動(性欲)の解消や,性のもたらす快楽や幸福感の獲得を目的として行われることの方が多いといえよう。スポーツやゲームを楽しむように性の快楽を楽しむ人々も少なくない。いわゆるボーイ・ハントやガール・ハントで男性または女性としての有能性の感情を満足させる人々もいる。また性的満足には,社会的ストレス・不安など,性に由来しない緊張や不安から人を解放する効果があることも知られている。しかし,性のもつより重要な機能は人間関係における機能であって,性的体験・満足・快感などを分かち合うことによって愛情を表現し,確かめ,それを深め,心理的に他のどんな手段でも得られない満足や安心感や連帯感を得ることができる。結婚が当人どうしの愛の結果ではなく,制度的に取り決められるような社会でも,性の交歓がやがて人間的な愛情や親密な感情を育てていくことはよく知られている。夫婦や愛人どうしにとって,性は欠くことのできない重要性をもつことは否定できない。

 社会学的にみれば,性は一つの価値であって,性の満足や快感を相互に与え合うばかりでなく,性的でない利益と交換することもできる価値である。たとえば,性の対価として,食事,贈物などというつかのまの物質的利益や,妻または夫としての経済的,社会的な地位や情緒的安定性などが考えられる。売春は性に金銭が対価として与えられる最も明白な場合であろうし,夫婦の間では性交を義務として〈お勤めを果たす〉ことが期待されることもある。性の社会学的側面の第2は,性意識,性行動に与える文化の影響で,性に関するタブーや,婚姻の形態,異常性欲性倒錯といった性的逸脱行動や性犯罪とみなされる行動のカタログなどが文化によって違うという点である。たとえば,婚前交渉や青少年の性行動の自由化に対する態度は,現代においても国,人種,性,社会階層によって違うことが知られている。また同性愛についても,刑事罰の対象としている国や州,宗教的に罪とみる文化が存在する一方,先進国を中心として,同性愛に異性愛と同等の法的権利を認める国が増えている。また前述の男性的同一性,女性的同一性についても,その固定化を男性優位の社会における性差別であるとして激しく抗議するウーマン・リブ運動(婦人運動)もある。要するに,ヒトにおいては,性が単に生殖という生物学的な目的に資するだけでなく,とりわけ人間関係における重要な機能として,生活の全体に多面的な影響を発揮している。したがって,性の問題を性器や性交という狭い概念から解放して,ヒューマン・セクシャリティという広い見地から考察すべきであろう。
 →エロティシズム →婚姻
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人類において性は文化的・社会的事象であり,生物学的雌雄性や生得的な性能力,性的衝動といった人間の性のもっとも基本的な側面さえ,各文化によってそれぞれ独特の変形をとげ,その実際の現れ方は決して一様ではない。たとえば,性的衝動のように本能と考えられているものであっても,人間においては,精神分析学によれば,生物学的な本能による方向づけが破壊された後で,文化の中で形を与えられたものであり,文化によって形づくられる以前の幼児の性欲は,方向づけられない〈多形的倒錯〉として現れる。人間の〈文化の中の性〉は,いわばこの〈多形的倒錯〉としての性を男の性と女の性とに区分して,両性間の社会的なコミュニケーションの中で方向づけたものであるといえよう。この男女の〈性差〉は,自然あるいは生物学的に分かれている雌雄性とは次元を異にした,文化的・社会的な区分である。生理学的には男女の差は染色体,生殖腺,内部生殖器官,外部生殖器官などによって定義されるが,たとえば染色体によるセックスチェックのようにこれら生理学的領域のいずれかを基準に性差を区分するとしても,その性差はあらかじめ生物学的に決定されていたというより,生理学的領域に関する文化的知識を利用した区分であって,その基準がいかに自然で生物学的にみえても,基準を選択して決定すること自体が文化的な事象である。染色体に関する知識のない社会でも,生殖器官などの生理学的知識を性差の基準に利用するわけだが,文化的な性差の区分の特徴は,それが恣意(しい)的であり,基準が諸領域にわたって多元的,多層的なものになっており,また社会的な相互関係や他者とのコミュニケーションの中で区分されるところにある。たとえば,生殖器官からみれば男であっても,戦闘などの男の社会的役割を拒否し女装する者を,社会的に女性と周囲もみるような社会もあり,そこでは生理学的な基準は決定的ではない。

 文化の中の〈性差〉は恣意的で多元的であるにもかかわらず,排他的に区分される。生活空間や経済活動領域において男女を排他的かつ相補的に区分する〈性分業〉はほとんどの社会にみられるし,他の宗教的領域や社会組織の領域などの諸領域においても,性差を強調し対立させる社会が多い。このような男女の区分は,男と女が同じ場で同じことを行ったり話してはならない,という明確なタブーあるいは暗黙の禁止によってなされている。つまり,文化の中の〈性差〉は,禁止やタブーによってつくられ,この〈性差〉が異なるものの間のコミュニケーションとしての〈性〉を可能にしている。それらの禁止は,たとえば成人した男が搾乳してはならない(アフリカのヌエル族)とか,男の狩猟道具に女が近づくと獲物がとれないとか,女は〈男の家〉に入れないといったものや,男たちが女の入れない居酒屋で村レベルを超えた政治の話をするのに対し,女たちは井戸端や洗濯場で村内のうわさ話をする(南ヨーロッパ農村)というもの,あるいは特定の儀礼や宗教的職能から男または女が排除されるといったものなど,さまざまな形をとる。それらの禁止の中には男あるいは男の領分に女が接触すると汚染されるというような〈女の穢れ(けがれ)〉の観念が伴うものもあるが,そのような観念のみられない社会も多い。さまざまな領域で禁止によって分割された男の領分と女の領分の対比が,たとえば男の領分は家を超えた公的空間だが,女の領分は家の中の私的空間であるというような意味づけを生み,諸領域での対比のそれぞれの意味づけがより合わされて,その社会の〈男らしさ〉や〈女らしさ〉の観念を生みだしている。しかしそのような諸観念は,諸領域での性差のより合せの結果であって必然的なものではない。たとえば,女の性が能動的であり,男は受動的とされる社会(ニューギニアのチャムブリ族)もある。このように〈男らしさ〉〈女らしさ〉の観念は社会によって変異があるが,経済活動や親族関係,その他の社会関係の諸領域をより合わせる形で貫いて,見慣れた社会的空間へと結び合わせているものであるため,それぞれの社会の成員にとっては自明で必然的なものと受けとられている。そのような自明とされる観念であるからこそ,それによって多形的・無形的な性を〈女の性〉と〈男の性〉とに排他的かつ相補的に分割し方向づけることができるともいえる。

 男女の排他的かつ相補的な分割,対立は,コミュニケーションとしての性を生みだす一方,〈性〉を両義的なものにもする。生活の基本的諸活動を禁止によって相補的に分割する〈性分業〉は,独身者の立場を困難で半人前のものとし,性的コミュニケーションの一形態としての夫婦を必然的な社会単位にしている。またあらゆる社会でみられるインセスト・タブー(近親相姦の禁忌)は,家族内における夫婦関係以外の性的コミュニケーションを禁止するから,独身者は自分の配偶者を家族外から得なければならない。このように性分業とインセスト・タブーの二つの禁止は家族内関係と家族間(姻族)関係を規制して,小規模社会で最も重要な社会関係である親族関係を組み立て,社会そのものの再生産を可能にする。しかし一方,性的な接触は,男女の排他的な分類自体を脅かすことにもなる。たとえば,集落の外での狩猟,交易,儀礼などを聖なる男の領分,集落や家の内での作物栽培,豚の飼育,育児などを俗なる女の領分として分割しているニューギニア高地社会(ギミ族など)では,女の領分である家での性行為などは,男の存在を穢すものとして恐れられ,年の大半のあいだ忌避される。排他的な性差を強調することで,共同体の担い手という公的で聖なる役割を男の領分とするこのような社会でも,男がその領分に加入する通過儀礼において決定的な役割を果たすのは,しかしながら女である。この社会では,日常生活において性行為を限定された場に閉じ込め,排他的な性差を保ちながらも,儀礼的レベルにおいては男女の相補的な性的コミュニケーションを強調するのである。

 禁止によって分離された〈性差〉が,その分離を無にするようなコミュニケーションとしての〈性〉をつくるというパラドックスは,性にまつわるさまざまな規制や象徴的意味を生みだしている。日常的な性的接触を忌避して分離を保つ一方で,儀礼的な別のレベルで分離を解消するのも,この性のパラドックスを避ける一例といえよう。そこでは,性が穢れた恐怖の対象であると同時に,儀礼のレベルでは聖性を帯びる。しかし,性の両義的な象徴性が最も端的に現れるのは,禁止自体を侵犯するような性である。インセストや異性装transvestismなどは日常的レベルでは忌まわしく穢れたものとして排斥される一方,より高いレベルでは王家のインセストやシャーマンの女装,あるいは儀礼での性的タブーの消滅や神話での両性具有的神格のように,聖性を帯びる。このように禁止による分離の別のレベルでの解消は,女性の穢れと処女の聖性への分裂などと同様に,レベルを分けることによる性のパラドックスの論理的解決であるが,同時に男女のアイデンティティにかかわるだけに,性の両義的象徴性は心理的にも強い刻印を押し,人間の性を彩っている。
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日本の性風俗を考える場合に欠かすのことのできない重要な視点は,第1に日本の婚姻史の変遷と関連する女性観の問題,第2には主として江戸時代以降になるが,公家,武家,大商家などの上層階級と庶民(職人,農民など)階級の民俗の差であろう。

 第1の日本の婚姻史の変遷であるが,平安時代の貴族社会において婚姻は,夜,夫が妻のもとに通う〈呼ばひ〉という通い婚の形をとり,それが正常なる婚姻の形態であった。今日〈夜這い〉という文字で表記されるようなイメージとは異なる。庶民社会においてもほぼ同様であり,その範囲は部落内が大部分で,いわゆる村内婚であった。毎日しごとを終え,食事を済ませてから妻の所に通うもので,聟入婚,妻問婚,招婿婚などと呼ばれている。何よりも労働力が貴重であった農・漁村においては,古来,その主たる担い手である若者の発言力は大きく,配偶者選択の際にも彼らの自主性は強かった。男は女との出会いから性関係を経て,彼女の家に通い,子どもがなん人かでき,男が生家を相続するか分家して一家を構えるとき,女は子どもたちを連れて男の家に移るというのがふつうの習俗であり,婚前の性交渉はとくに問題にはされなかった。貴族の社会では一夫多妻の形態をとる場合もあったが,庶民社会はおおむね一夫一妻が大部分を占める通常の形態であり,それは今日まで法的規制をぬきにしても持続している習俗といえよう。

 ところが,鎌倉時代に入ると少し事情が変わってくる。それは各地における武士の発生である。以前から日本においては,通婚は似たような家柄・家格の男女の結びつきが望ましいとする考え方があった。それは今日でも例外ではないが,しつけをはじめとする成長過程の類似が,生活文化,価値観の相互理解をスムーズにする。ところが新たに生まれた武士層は,みずからの階級を,かつて所属していた農民階級からしだいに分離せしめ,ために村内に対等な関係を結べる家を見いだすことが難しくなった。そこで武士階級は通婚の相手を,遠方の同格の家に求めるにいたる。すなわち村外婚の発生である。しかし,庶民の習俗は,一つの政治的事件による体制の変化などで,全国的に急に変わるものではない。そういう村内婚から村外婚への変化は庶民社会では近世へと持ち越される。

 江戸時代は武家支配の社会であった。江戸を中心として武家の統制が全国的に徹底し,江戸,大坂を中心に大商人が栄えた。武士を頂点にして,次に農・工・商の身分制度が確立し,この制度を支えたイデオロギーはなかんずく儒教思想であった。また商工業および流通の発達と拡大は村外婚の拡大を庶民社会にまで促した。その影響はまず,見知らぬ相手との見合結婚の発達,それに伴う仲人の発生として現れた。結婚の安定性確保のための結納や家柄の重要性,それに人柄よりは容貌を問題にする思想も,庶民社会においてすら芽生えてきた。その背景には二つの問題がある。一つは原始時代,古代,中世,近世と農村社会などにおける生産活動での女性の果たす労働への期待がしだいに薄らいで,消費活動における女性の知恵に,女性の価値の中心が移ってきたことである。第2は室町時代にすでにみられたが,都市の発達に伴う公娼(こうしよう)制度の普及が,江戸時代には急速にみられたことである。女は男に従うという儒教道徳の影響もあるが,女のひとりも知らぬ男が軽視される一方,女性の処女性は強く要求され,姦通とくに人妻の姦通に対しては法的な厳しい制裁が下され,その思想,制度は第2次大戦終戦時まで持続した。
執筆者:

〈性役割〉とか〈性別役割〉という用語は,英語のsex roleの訳語として用いられている。sexroleは男性とか女性とかの〈性〉に付随した役割で,それは,父親とか妻といった〈性別〉が基礎となる個人の社会的位置に付随した行動様式を指す。一般にこのような生物学的性差を基準とした役割については性〈別〉が重視され,それぞれに対する価値づけは不問とされる。それに対し最近では,性差の社会的意味をふくむ用語としてgender roleを用いる場合が多くなっている。つまり,生物学的性差を基準とした役割分業になんらかの価値づけが介入し,その価値の高低が社会的上下関係をもたらすことによって,上位の男性に下位の女性が支配されるパターンが確立していることを前提とした用語で,〈性別〉役割と区別するために〈性〉役割という訳語をあてる者もいる。性を基準とした社会的不平等を語るとき〈性役割〉は不可欠の概念である。

 役割には男イメージや女イメージといった性イメージの強いものとそうでないものがあり,その種類は社会によって,また時代によって異なる。多くの社会で〈女らしさ〉の特性の一つとされる〈やさしさ〉は,別の社会では男性イメージであったり,また,最近の日本のように,男の子に〈やさしさ〉を求める時代もある。

 子どもの養育や食事作りなど,一般に女性の役割とされているものは,出産という女性の生物学的特性から派生したもので,出産機能との関連は強いが代替不能ではない。それが,女の特性に準拠するものとして認知され,固有の役割とされているところからも,性に付随した〈作られた〉役割と生物学的差異にもとづく役割を区別するのは重要であろう。既存の性役割イメージや性役割の序列構造は,新しい世代の学習を通して,文化の一部として継承され,ときには強化される。それは,家庭でのしつけや学校教育,社会の慣習などを通して行われる。家庭では,子どもの性別によって学ぶべき行動様式が規定され,〈男の子だから〉〈女の子だから〉がつねにつきまとう。集団保育の場や学校でも〈女の子として〉〈男の子として〉成長することを奨励され,それは高等教育の場でも同様である。

 多くの社会では,家事や育児を中心とした生活から職業活動への広がりをもつ傾向は,女性が高学歴になるほどみられるが,日本の場合,必ずしもそうとはいえない。明治期の近代国家建設の中で重要視された女子教育の理念は,国家のために働く有能な男性を産み育て,彼らを内から支える良妻賢母をつくることであり,女性みずからが男性と同じ領域で国の近代化に貢献することを念頭においたものではなかった。この理念が,第2次大戦後の民主教育プログラムの中にもまだ生き続けていることが,日本社会の性役割の固定化を支える一要素となっている。

 一方性差別とは,一つの性によるもう一つの性の支配をいう。この支配は対立や葛藤(かつとう),敵意などをつねに伴うものではない。むしろ性差別の場合,性別という事実が〈二つの固有の性があり,それらは相補的である〉という〈区別〉として認識されている場合が多い。社会的差別は,差別される側が少数集団である場合が多く,差別の原因も生得的な要素や状況的な要素が混在したものである。しかし現在における大半の性差別は,差別される側が人口の約半分である女性で,数量的には大集団であり,差別の原因は〈女〉という生得的な要素のみである。また,差別する側(男性)とされる側(女性)は,日常的にもっとも親密でありうる関係を保ち,二者間の情緒的関係は特異な側面といえる。

 男女の生物学的差異にもとづく〈性別役割〉は,社会的分業の基礎となっており,それ自体は,一つの性が特定の役割を担うという平等分業である。しかし,役割に価値づけが介入すると,ある役割は他の役割よりも価値が高い(低い)といった役割の序列化がみられる。そして,特定の役割を担う人がつねに決まっていれば,その役割を担う人の評価が,担う役割の価値づけによってなされることになる。女性が,その性的特性ゆえに担う役割の価値づけが低くされることによって,担い手の女性の価値づけも低くなり,性差別が生じる。つまり,単なる〈性別役割〉が,性差に社会的意味づけが入った〈性役割〉に変化することになる。

 女性が担う役割とされるものの評価が低い理由として,経済原理の優位が挙げられる。最小のコストで最大の利益を生み出す効率よい労働が期待される世界では,女性固有の出産機能は女性の労働者としての価値を低め,出産機能から派生する他の役割の評価に影響を与える。男性に対する女性の劣位を説明するもう一つの原理は父権制であるが,いずれか一つの原理がより説明力をもつというよりは,二つの原理が相互に関連しているとみるほうが妥当であろう。

 性差別主義sexismは女性の生きる機会を限定するもので,それは職業や教育,社会慣習などあらゆる領域にみられる。もっとも顕在的な職業の世界では,職業に性役割イメージが強く,女性の選択の機会は,伝統的に女性的とされる看護婦や保母や,女性の〈適性〉を生かすとされる事務補助やキー・パンチャーなど,特定の職種に限られる傾向が強い。就業に必要な資格をとる段階での機会は平等であっても,実際の就業機会は,性差別主義に支配される現実がある。また,就学機会は平等でも,学問領域のイメージにより,職業志向の強い領域を選ぶ女性が少数派であることは,社会規範において性差別主義が強いことを示している。

 社会的貢献度のわりあいに,女性がそれ相応の評価を受けないことが性差別であり,単なる性別分業とは明確に区別される。
女性労働
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現代の科学は〈アダムの肋骨からイブがつくられた〉とする聖書神話をくつがえし,発生学的には〈イブからアダムへ〉の逆の法則,すなわち女性が基本型で男性は女性からつくられることを証明した。性分化の機構は後述の〈生物の性〉に譲るが,胎生動物である哺乳類が母体と同じ性である雌性を性の基本的原型とすることによって,母体からの胎児の性分化への影響を少なくしていると考えられる(卵生動物である鳥類は母体の影響がないために,逆に雄性が基本型になっている)。その基本型である女性(雌性)に対し,男性化(雄性化)する〈力〉が加わることによって男性化する。したがって,性分化の各段階がそのまま進めば基本型の女性となるが,各段階に男性化の〈力〉が加わると基本型からそれて男性になるという原理になっているのである。

 ヒトでは,男性化の第1の力はY染色体であり,第2の力はY染色体の誘導のもとに発生した睾丸(こうがん)から分泌される男性ホルモンである。そしてほとんどの男性化作用をとりしきるのは男性ホルモンであるといって過言ではない。これに対し,女性ホルモンは性分化にはほとんど意味をもたず,女性に分化したものを,より強調し,修飾する作用をもつにすぎない。

男性ホルモンは解剖学的な性,生理学的な性,行動科学的な性を強力に方向づけ,規定していく。このため,もしその男性ホルモンの働きが不十分であると,男になりきれないという事態が生じる。逆に女になるべく,基本的に方向づけられていても,なんらかの原因で性分化過程で男性ホルモンの作用が加わると男性化してしまうこともある。これらの中間型は多種多様であり,それを男女の中間に並べれば,男女の性別は分離されておらず,すそ野のつながった双子山のような連続的なものとなっていることがわかる。

 性腺の分化でも,睾丸と卵巣を左右別にもったり,一つの性腺内に両性腺の要素を併せもつ場合がある。これを真性半陰陽という。また性腺が睾丸でも,男性ホルモン分泌が十分でないと,内外性器は完全には男性化されず,なかにはほとんど女性型となるものもある。これが男性半陰陽で,女とまちがえられて育ち,オリンピックなどの競技で,女子選手が実は男であったというような問題が発生することになる。国際スポーツ競技大会で,女子選手にセックスチェックが行われるのはこのためである。一方,妊娠中に,母親が流産防止のために男性ホルモン様作用のある合成黄体ホルモンを服用したり,女性胎児自身の副腎から大量の男性ホルモンが分泌される副腎過形成の症例では,逆に卵巣をもちながら,外性器が男性型となって,男と判定される女性半陰陽となることもある。

 このような,一次性徴である解剖学的性ばかりでなく,生理学的性に対しても,男性ホルモンは男性化作用をもつ。視床下部には性腺機能調節中枢があり,周期中枢と維持中枢とからなる。このうち女性型の基本である周期中枢が男性ホルモンによって破壊されるために,性の周期性を失った男性型の維持中枢のみの調節型となるのである(このような性中枢の変化を脳の性分化という)。さらに三次性徴の性役割,心理的な性の方向づけの基本となる大脳辺縁系の性分化にも男性ホルモンが重要な役割をもつ。第2次大戦中に母親の胎内にいた男性に,ホモセクシャルが多いという報告がドイツでなされている。これは,母親の受けた精神的ストレスが男の胎児の脳の性分化に影響し,心理的に男性的役割の方向づけができなかったためと解釈されている。ネズミでも妊娠中の母親に強力なストレスを加えると,子の雄ネズミには雄性的行動ができなくなるものが多いことが実証されている。逆に母親が妊娠中に男性ホルモン的物質を服用した場合,生まれた女児には攻撃的性格の強い,いわゆる〈おてんば〉が多いという報告もある。

 ただ,性行動や性役割には,社会的・教育的因子の影響も強い。S.deボーボアールの〈女は女に生まれるのではなく,女につくられるのである〉という発言は,性行動や性役割に対する社会的,文化的,教育的な影響を表現したものであろう。近年,両性の中性化が指摘されるが,これが社会生活の変化に伴って,社会的役割における男女差の縮小によることは否めない。ヒトが生物学的背景を背負っていることはまちがいないことで,中性化時代における生物学的男女のあり方が今後注目される。

 男女性別の絶対性が信じられていた過去の知識からすれば,この性の連続性の発見は〈性〉についての大きな転換となった。
半陰陽

男女性別に連続性があるとしても,きちんと性分化した場合には,明確な身体的差異があるのはいうまでもない。内外性器や乳房の差異以外にも,筋肉や骨格が発達し,骨盤の狭い〈男らしい〉体つきの男に対し,女は皮下脂肪がつき,骨盤のはった〈女らしい〉体つきとなる。性機能についても,月経に代表される性周期のある女に対し,前述のように周期中枢を破壊された男には性周期はない。また,新生児の段階で,一生のうちで排卵されるすべての卵子が一次卵胞という形で用意されている女に対し,男では思春期以後,精祖細胞が盛んに分裂して精子を産生する。

 いうまでもなく,男女性差の基本は,性存在の第一義である生殖に関する形態と機能である。この男女の生殖機能の詳細は〈性器〉や〈性交〉などそれぞれの項目に譲り,ここではその性差を生み出す性ホルモンについて考えてみたい。

 身体を〈男らしく〉あるいは〈女らしく〉している因子は男女性ホルモンにほかならないが,男女とも,その両性の性ホルモンを併せもっている。ただその比に差があるだけのことである。性ホルモンはすべてコレステロールを変形して生合成される。まず黄体ホルモンができ,それがテストステロンなどの男性ホルモンにつくりかえられ,さらにその男性ホルモンを芳香化して,エストラジオールなどの女性ホルモンとなる。睾丸,卵巣,副腎から産生される量に差はあっても,男性ホルモン,女性ホルモンの両方が産生,分泌されている。性ホルモンの生合成,分泌機序にも,やはり男女の連続性がみられるといえる。

男女ホルモンの比は,幼小児期には男女差はない。しかし思春期を過ぎると,男は男性ホルモン分泌量が女性ホルモンの約10倍,逆に女は女性ホルモン分泌量が約10倍になる。この男女性ホルモン比の差が各種身体部位の発達や生殖機能に違いを生じさせる。ことに男性ホルモンはタンパク質合成作用により,筋肉や骨格ばかりでなく,各種臓器を平均して大きく発達させ,活動的体力の優位性がつくられることになる。一方,女性ホルモンの優位は女性の持続的体力の優位性をもたらすことになる。

 しかし,この男女の性ホルモン比の差も,50歳前後の更年期になると縮まり,もとの幼小児期のレベルに両方が寄ってくる。ただ女のほうが,急速な卵巣機能の低下が起こるために,男よりも早くもとの男女性ホルモン比に戻ることになる。性ホルモン分泌が活発となり,性差が著しくなる思春期を〈第1の性の目覚め〉とするならば,性ホルモン分泌が低下して性差が縮まる更年期は〈第2の性の目覚め〉といえよう。

 思春期で性成熟を完成し,男女の性的活動期に入り,男として,女としての生活を心身ともに味わうが,更年期になると性機能の低下から,身体的変化が起こるばかりでなく,心理的にも変化してくる。心身医学的にも種々の問題を生じる。これを乗り越えて,人は老年期に入っていくことになる。いわば,性という人間の一つの美しいが重い衣を脱ぎ去り,しかし幼小児期のような,性の経験や意識のない中性とは違った,性を知りつくした中性期に入るわけである。ここにも年齢的変化の中における性の一つの連続性をみることができる。

 男女の性は,生物としての生殖機能の遂行を有利なものとするために与えられた,二つの身体的・心理的・行動的特性であるといえよう。
更年期障害
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生物は,個体としては死を免れないが,自己と同じ種の新しい個体を生じることによって,生命を連続的なものにし種を維持してきた。最初はおそらく,無性的に自己増殖していたものが,進化の過程で,2個体間で接合し,遺伝子の組合せの異なる個体をつくり,変化する環境に適応してきたと考えられる。前者を無性生殖といい,後者を有性生殖と呼ぶ。有性生殖をする個体には,雌と雄の区別があり,これを性という。

 雌雄の区別は細菌やアオミドロにもみられ,ふつう遺伝物質であるDNAを相手に渡すほうを雄,受け取るほうを雌という。大腸菌の場合,F因子F factorと呼ばれる環状DNAをもつほうが雄で,もたないほうが雌であり,それぞれF⁺菌,F⁻菌という。F⁺菌は性繊毛を形成し,F⁻菌と接合し,F因子の受渡しを行う。雄の中にはF因子が染色体に組み込まれているものがいて(Hfr菌という),この菌はF⁻菌と接合し染色体(DNA)の組換えを起こし,新しい形質をもつ個体をつくる。アオミドロは接合によって増殖するが,このとき,向かいあった個体の一方の細胞から他方の細胞へ核質が移動する。核質を渡すほうを雄性,受け取るほうを雌性という。

 高等動物の場合,雌雄の差は生殖腺の違いによって区別することができる。すなわち精巣をもつ個体が雄,卵巣をもつ個体が雌である。精巣では,小型で運動性をもった精子が形成され,卵巣では大型で栄養に富んだ(らん)が形成される。

一般に性は,精子と卵とが受精したときの性染色体の構成によって決まる。多くの動物では,性染色体として雄はXとYをもち,雌はXを2本もつ。さてこのような染色体構成をもつ雄と雌が減数分裂によって精子と卵をつくるとき,精子はXかY,卵はすべてXをもつ。これが受精によって合体すると,受精卵はXとYをもつか,Xを2本もつかであり,前者が雄,後者が雌になる。

 性染色体の組合せには,雄がヘテロ(異型)の場合(XY型)のほかに,雄がXO型,雌がヘテロのZW型やZO型の4種類が知られている。XO型は,スズムシやバッタにみられ,雄の体細胞の染色体は雌より1本X染色体が少なく,精子にXをもつものと,もたないものができる。カイコや鳥類はZW型で,雄はZ染色体を2本,雌はZ染色体とW染色体を1本ずつもつ。ZO型は一部の爬虫類にみられる。XY型,XO型の受精卵の性は精子の,ZW型とZO型は卵の性染色体に依存して決まる。しかし,性の決定が性染色体の組合せだけでは説明がつかない場合もあり,ショウジョウバエ(XY型)については,雌雄が常染色体(A)と性染色体(X)の比で決まるという説がある。すなわち,A/Xが2なら雄,1なら雌,その中間の値なら間性になるという〈性決定因子の平衡説〉が提唱されている。またマイマイガ(ZW型)は,Z染色体の遺伝子産物である雄因子と,卵の細胞質中にある雌因子の量的な違いによって決まるという説がある(量的決定説)。

 さて,このように遺伝的に決まると,未分化な生殖腺原基は,正常に発生して雌雄の区別がついてくる。雌雄で形質が分かれ,発達してくることを〈性分化〉という。最初の性分化現象は,生殖腺にみられる。すなわち,雄では精巣が分化し,雌では卵巣が分化する。この分化は,性染色体上の遺伝子産物によって引き起こされ,そうしたものの一つとしてH-Y抗原と呼ばれるものがある。これは多くの動物でみつかって,哺乳類の場合には雄のみに存在し,直接の精巣決定因子だと考えられているが,まだ明確な結論はでていない。精巣が形成されると,次に間細胞から分泌される雄性ホルモンの働きによって,生殖腺の付属器官が発達したり,精子形成が促進される。さらに性ホルモンは,脳の性分化をも引き起こす。性分化が起こった脳は,性ホルモンに反応し,雌と雄それぞれに特有の周期的な内分泌現象や性行動を統合する。

 下等脊椎動物や無脊椎動物の生殖腺の性分化は,H-Y抗原などのタンパク質ではなく,性ホルモンが直接起こしていると考えられる。メダカの稚魚を雄性ホルモンや雌性ホルモンを含ませた餌で飼育すると,遺伝的な性とは反対の性を誘導できる。トビハマムシやダンゴムシの雄は,造雄腺という性ホルモン分泌器官をもっていて,これを雌に移植すると雄性化し,卵巣も精巣化する。さらに,まだ実体はわかっていないが,性ホルモン様の働きをする物質が,性分化を起こす例も,カエルやボネリムシで知られている。オタマジャクシは,雌性方向に発達する原基と,雄性方向に発達する原基をもっている。原基の皮質が発達すると卵巣に,髄質が発達すると精巣になり,皮質からは雌性分化誘導物質が,髄質からは雄性分化誘導物質が分泌されると考えられている。この説は,〈皮髄拮抗説〉と呼ばれ,二つの胚を癒着させ,相互に血液が共通に流れる双体をつくる並体癒合の実験から支持された。たとえば,卵巣がはやく成長する種の雌と,精巣の発達がそれより遅い種の雄との並体癒合では,卵巣が精巣の分化を抑え,極端な場合は卵巣に分化させてしまう。一応,遺伝的に決まっているボネリムシの場合,幼生が成体の雌の吻(ふん)に寄生するとすべて幼生は雄となり精巣を形成する。これは,雌の吻から幼生が雌に発生するのを妨げる物質が分泌されているからだと考えられている。以上のように,生物の雌雄は遺伝的な決定のうえに,各種のタンパク質,性ホルモンが,生殖の分化,付属器官の発達,脳や行動の分化を起こし機能的な雌雄が形成されるわけである。

 前述の,メダカへのホルモン投与やダンゴムシでの造雄腺の移植によって,遺伝的な性が途中で逆転する現象を〈性転換〉という。また,ニワトリの左卵巣を除去すると,右卵巣は精巣に分化する。また,クロダイなどのある種の雌雄同体動物は,生涯のうち生理的に性転換を行う。ウシでは,異なる性の双生児に共通の血管が発達し,雌胎児の生殖腺が一部性転換する現象が知られている。これをフリーマーチン現象といい,以前は,先に発達する雄胎児の精巣から分泌される雄性ホルモンのためだと思われていた。しかし現在は,雄胎児細胞が卵巣に入り込み,H-Y抗原を分泌することにより性転換が起こると説明されている。

 以上のように,雌雄の形質は,必ずしも絶対的なものではなく相対的な側面もあるが,多くの生物での雌雄の区別は,有性生殖を通して,新しい遺伝子を組み合わせた子孫を生じ,その結果として,環境変化に適応していくために不可欠なものであり,性分化は,進化の必然的な歩みといえる。
執筆者:

植物の配偶子にも雌雄性が存在し,これによって有性生殖が営まれる。雌性配偶子と雄性配偶子の形態はそれぞれ種によって多様であるが,動物の場合と同様,減数分裂によって形成され,体細胞(2n)の半数の染色体数をもつ。通常,nの染色体数をもつ配偶子どうしの合体によって2nの接合子(受精卵)が形成され,その発生によって植物体がつくられる。このようにnと2nの世代は交代し,植物体の大部分は多くの場合2nの体細胞によって構成され,種子植物では有性世代は親の植物体の一部(花)に局在する。有性生殖では,無性生殖とは異なり,親とは異なった遺伝子組成をもつ子孫がつくられ,そこに新しい形質が発現される。有性生殖は,緑藻,褐藻,コケ,シダ,種子植物などにおいて広くみられるが,幼い個体あるいは細胞がすぐに有性生殖を行うのではなく,個体または細胞集団が一定期間栄養生長して,ある生理的状態に達して初めて外部環境の変化に応じて配偶子形成を行う。すなわち,栄養増殖の過程で蓄積したなんらかの内的要因が有性生殖の前提条件として重要である。

 菌類や変形菌類では,低頻度ではあるが単相の体細胞の融合が起こり,核融合によって複相の核ができることがある。この複相核は,体細胞分裂をくりかえす過程で,染色体の不均等配分あるいは消失によって染色体は単相化し,単相の細胞に戻る。このような生活環は準有性生殖(擬似有性生殖)parasexual cycleと呼ばれる。

 性の分化は環境要因の変化によって誘導され,クラミドモナスでは窒素源を培養液から除くことによって,またアオミドロなどでは培地のpHを上げることによって配偶子の形成が誘起される。高温処理や光照射が配偶子形成に有効な場合もある。そのほか,配偶子の分化を誘導する物質が細胞から分泌されるという事実はボルボックスなどで知られている。ボルボックスの雄性群体は精中束をつくる特徴をもち,その形成を誘導するものとして分子量20万以上のタンパク質性の,かなり熱に安定な物質male inducing substance(MIS)の存在が確認されている。一方,卵細胞を形成する雌性群体はfemale inducing substance(FIS)によって誘導される。性分化への植物ホルモンの関与はキュウリなどで知られており,ジベレリンによって雄性花が,エチレンによって雌性花が誘導される。異性細胞間の性誘引機構に走化性物質が関与することは緑藻や褐藻などで知られており,誘引物質は雌性配偶子から分泌されるが,その特異性はあまり高くない。自然界では多くの藻類が同じ時期に有性生殖を行うが,むやみに雑種が形成されるのではなく,同じ種類の配偶子間でのみ接合(受精)が起こって種の独自性は保たれる。この過程には特異性の高い性膠着(こうちやく)反応(種特異的接着機構)が関与している。有性的な反応は不適当な温度条件とか栄養の欠乏などによって引き起こされ,とくに植物では栄養増殖から配偶子形成への変換が環境条件に応じて容易に起こる。したがって,環境にとくに支配されやすい植物では,有性的な反応は外部条件の悪化に呼応して引き起こされる主要な防御反応であるともいえる。
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性 (せい)
gender

言語学の用語。名詞にみられる文法的カテゴリーの一つで,これにより当該言語のすべての名詞はいくつかの類に分けられる。自然性sexと明確に区別するために文法性とも呼ばれる。

 たとえばインド・ヨーロッパ語族では,男性-女性の2性に区別されるタイプ(フランス語,イタリア語,スペイン語など)と,男性-女性-中性の三つを区別するタイプ(ギリシア語,ラテン語,ドイツ語,ロシア語など)が広くみられ,セム語族には前者のタイプのみが存在する。文法性の区別がその起源において,生物-無生物,また自然性の区別と結びついていたことは確かであろうが,現今みられる組織においては,そこに必ずしも一致しない例が多くみられる。例えば〈有生性animacy〉の最も高い人間についてさえ,ドイツ語のWeib(婦人)が中性名詞に属するという現象がみられる。

 ある言語において,ある名詞がどの性に属するかは,性別を示す標識がその語形上に認められる場合もあるし,一方語形からは何の手がかりもなく,それにかかわる形容詞,冠詞,代名詞や動詞との呼応現象によって知られる場合がある。例えばラテン語ではdonum(贈物)のように-umで終わる名詞はすべて中性名詞であるが,逆に中性名詞がすべて-umで終わるというわけではない。スペイン語でlápiz(鉛筆)が男性名詞,pared(壁)が女性名詞であることは,el lápiz rojo(その赤い鉛筆)-la pared roja(その赤い壁)のように定冠詞(el-la),形容詞(rojo-roja)の呼応により明らかになる。動詞が主語名詞の性に応じて形をかえる例はアラビア語にみられる(ただし主語が一人称の場合を除く)。shariba al-waladu.(その男の子は飲んだ)に対して,主語が〈女の子〉になるとsharibati al-bintu.と動詞形がsharibat(i)とかわるのである(なおal-は定冠詞)。

 こうしたインド・ヨーロッパ語やセム語での組織と異なり,アフリカのバントゥー諸語などでは名詞が接辞の違いによりいくつもの類(クラス)に分けられ,その数は多いもので20以上に及ぶ。例えばスワヒリ語では接頭辞の単数-複数でのパターンの違いによってクラス分けが行われ,形容詞,所有代名詞などの呼応がみられる。-toto(子ども)は単数でmtoto,複数でwatotoとなり,このm-waクラスは人にかかわる名詞を含む。一方ki-viクラスは物にかかわる名詞が含まれ,kisu(単)-visu(複)(ナイフ)のようになる。これに形容詞-dogo(小さい)がつくとmtoto mdogo(小さい子),watoto wadogo(小さい子たち),kisu kidogo(小さいナイフ(単数)),visu vidogo(小さいナイフ(複数))となる。

 このほかに東カフカス諸語では〈理性をもつか否か〉による分類がなされるなど,世界の諸言語には種々のタイプがみられる。一方,アルタイ諸語,中国語,日本語などはこうした形態・文法上に違いがあらわれるという意味での性の区別は存在しない。
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普及版 字通 「性」の読み・字形・画数・意味


常用漢字 8画

[字音] セイ・ショウ(シャウ)
[字訓] さが・たち・うまれつき

[説文解字]

[字形] 形声
声符は生(せい)。〔説文〕十下に「人の陽气、性善なるなり」という。〔左伝、昭二十五年〕「地の性に因る」、〔孟子、告子上〕「是れ豈に水の性ならんや」のように、生物でなくても、それぞれのもつ本質や属性についてもいう。

[訓義]
1. さが、たち、うまれつき、もちまえ。
2. 生命、性命。
3. 性情。

[古辞書の訓]
〔名義抄〕性 ココロ・タマシヒ・ヒトトナリ・ヒトトナル・ココロザシ・ウム 〔字鏡集〕性 ココロ・イノチ・スガタ・ウム・ココロザシ・ヒトトナリ・タマシヒ

[語系]
性・姓siengは同声。生shengも声義近く、ものが固有するものを性といい、人の出自を姓という。性・姓は生の声義を承ける。

[熟語]
性悪・性解・性格・性学・性気・性偽・性義・性急・性行・性剛・性根・性識・性質・性実・性習・性術・性尚・性情・性真・性善・性体・性地・性智・性天・性度・性能・性分・性癖・性命・性来・性理・性類・性霊
[下接語]
悪性・異性・陰性・活性・感性・慣性・性・気性・急性・見性・個性・悟性・剛性・根性・才性・至性・志性・恣性・資性・自性・質性・習性・獣性・醇性・女性・常性・心性・身性・神性・真性・人性・尽性・成性・節性・全性・善性・素性・属性・惰性・体性・耐性・男性・弾性・知性・中性・通性・定性・適性・天性・土性・陶性・同性・特性・徳性・毒性・忍性・熱性・伐性・品性・稟性・父性・賦性・復性・仏性・物性・変性・母性・法性・本性・魔性・慢性・無性・野性・有性・雄性・優性・陽性・養性・理性・両性・霊性・劣性

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「性」の意味・わかりやすい解説


せい
sex

同一種の生物を,生殖の場面で相互に補完し合う2グループ (雄と雌) に分ける特徴の総体。性,生殖は,すべて密接に生命体の構造に織込まれており,いずれも種族の繁殖と存続に関与する。繁殖と長期的な存続のためには性的な再生産が不可欠な生物がほとんどであるが,必ずしも生殖が性的である必要はない。微生物から人間まで,あらゆる生命について個体の寿命には限りがあるため,どの個体群にとっても最大の関心事は子孫をつくることである。これが生命再生産の純粋で単純な形である。
下等動物植物のなかには,精子とは無縁の再生産を行うものもある。シダ類の場合,何百万もの微細で非性的な胞子が放出され,適切な環境に落ちれば新しいシダが生じる。さらに進化した植物でも,非性的な手段によって再生産を行うものが少くない。球根は脇から新しい球根を発芽させる。クラゲやイソギンチャク,ウミヘビなどのような下等動物のなかには,ある季節になると身体の一部が分離し,その各片から新たに,しかし前とそっくりの個体の群れができる。微小なレベルでは,単細胞生物は成長と分裂を繰返すことで,ほぼ同一の無数の子孫からなる群れをみごとに生み出す。こうした再生産のいずれも,生命の基本的な特性である細胞の成長と分裂の能力のたまものである。
ただし,ほとんどの動物の場合,とりわけ高等動物の場合には,非性的な再生産手段は構造的な複雑さや個体の活動と両立しないようである。非性的な再生産を活用して,一定の条件下では膨大な個体数を生み出せる種もあるが,環境に適応するための変異を得るという意味では,その価値には限界がある。いわゆる「植物的な」再生産の様式を取るものは,動物であろうと植物であろうと遺伝的に親と同一の個体を生じる。望ましくない環境の変動に見舞われたときにはどれも等しく影響を受け,全滅するおそれがある。そのため,非性的な再生産が貴重で繁殖に欠かせない手段になっている事例があろうとも,性的な再生産の必要性が消えはしない。
性的な再生産は,個体群内における世代交替の必要性を満たすだけではなく,変動する環境下で生延びるためにより適した種を生み出す。つまり,種族や種を永遠に存続させることを二重に保証する。この非性的と性的という2種類の再生産の最大の違いは,非性的な再生産によって生じた個体には根本的にそっくりな片親しかいないのに対し,性的な再生産によって生れた個体には両親がいるため,一方の親に生写しの複製にはなりえないという点である。つまり性的な再生産は,繁殖の機能を満たすのに加えて,変異ももたらす。どちらのタイプの再生産も,適切な条件さえ与えられれば1つの細胞から1個体へと成長していけるという可能性を実現するものである。すなわち性は,そうした基本的な機能と結びつきながら,種が新しい環境に適合していくための能力をになっている。


せい
gender

言語学用語。性別に関連する概念が,体系的な語形替変として,また,形容詞と名詞など統辞論的に統合される単語相互間の一致として,あるいは,性別をそなえた代名詞による置換として実現しているとき,その文法範疇を性という。自然の性とは必ずしも対応するとはかぎらない。印欧祖語には,男性,女性,中性があり,現在もドイツ語やロシア語はこの三分法を有するが,ロマンス語派の諸言語では男性と女性,デンマーク語では中性と通性の二分法に変化している。バンツー諸語の名詞の類別化や,アメリカインディアン諸語の多くにみられる生物・無生物の対立も広義の性に含めることがある。日本語には文法範疇としての性は認められない。

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百科事典マイペディア 「性」の意味・わかりやすい解説

性(生物)【せい】

もともとは,同種の生物がもつ雌雄の別をいう。をつくる形質を雌性,精子をつくる形質を雄性といい,性の存在によって有性生殖(生殖)が営まれる。一般に動物では高等なものほど雌雄の別が顕著になり,生殖器以外の面でも異なって二次および三次性徴(性徴)が現れ,生理的・心理的な分化も生じる。生物学的にはさらに広く,有性生殖における個体間の役割の分化をいい,原生動物や細菌,ウイルスなどにも性を認めることができる。性は基本的に遺伝子(性染色体)によって決定されるが,一部の爬虫(はちゅう)類では孵卵期間の温度によって性が決まる。また多くの種で,後天的な性転換が見られる。
→関連項目性比

性(言語)【せい】

文法範疇(はんちゅう)の一つ。名詞,形容詞,代名詞や,場合によっては主語と呼応する述語動詞の語形変化範疇の一つとして表れる。概念的に区別される自然性とは一致しないものが多いほか,無生物の事物にも割り当てられることがある。印欧語,セム語などにみられるが,たとえば,男・女・中の三つの性があるドイツ語,男・女の二つの性があるフランス語,男女共通の性と中性のあるヒッタイト語など,その種類は言語によって異なる。
→関連項目日本語

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盆栽用語集 「性」の解説

樹の個体差を表す言葉。「性が良い」「葉性(はしょう)」「皮性(かわしょう)」などと使われる。またその特徴が固定化したものに対して、品種名のように用いられることもある。例:もみじ荒皮性、蝦夷松八ッ房性など(荒皮性…短期間で肌が荒れてくるもの、八ッ房性…芽や葉の矮小化したもの、盆栽に適している)。

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栄養・生化学辞典 「性」の解説

 同種の生物の雌と雄.

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【世碩】より

…《世子》21篇を著したと伝えられるが,つとに亡失した。後漢の王充の《論衡》によると,周の時代に,世碩は〈人の性には善なる要素と悪なる要素とがあり,その善性を養い育てれば善人となり,悪性を助長すれば悪人になる〉と述べたという。これは性についての最も早い論述であろう。…

【性即理】より

…北宋の程頤(ていい)(伊川)によって提唱され,南宋の朱熹(しゆき)(子)によって発展させられたテーゼ。程伊川と同時代の張載(横渠(おうきよ))は〈心は性と情とを統括する〉と述べたが,伊川―朱子によれば,性(本性)は理であるのに対して情(感情,情欲としてあらわれる心の動き)は気であるとされる。は本来善悪とは関係のない存在論的なカテゴリーであるが,朱子学では心を形づくる気は不善への可能性をはらむとみなすので,情=気の発動いかんによっては本来的に天から賦与されている善性=理がゆがめられるおそれがある。…

【性論】より

…心性論ともいう。人間の本性は善なのか悪なのかという問題は,中国思想史を貫く大きな論題であった。…

【陽明学】より

…それ以前は,王学,姚江(ようこう)の学(姚江は王守仁の出身地)などと呼称された。 朱子学を基調とした三大全(《性理大全》《四書大全》《五経大全》)が1413年(永楽11)に刊行されたことと,朱子学が科挙に採用されたこととが相まって15世紀は朱子学が学術思想界の主座を占めた。この時期の朱子学徒は広大な朱子学体系のうち,特に心性論に関心を集中した(性論)。…

【ドラビダ語族】より

…名詞の数では,単数と複数の区別がある。性に関しては,普通,男性とそれ以外とを区別するか,または通性と中性とを区別するが,南部ドラビダ語の単数では,男性・女性・中性の三つを区別する。動詞の人称語尾は,代名詞的要素の発達したものと考えられ,したがって三人称では,名詞の変化と同様に性と数が区別される。…

【品詞】より

…名詞とか動詞とかと呼ばれているものがそれである。
【品詞の本質】
 単語というものは,その圧倒的多数が現実世界に存在する何か(事物,運動・動作,性質,関係等)を表している。したがって,すべての単語はその表しているものの性格に規定されて,他の単語とはどこかしら異なる機能を有している。…

【ジェンダー】より

…生物学的性別や性差を意味するセックスsexに対して,社会的文化的に作られた性別や性差を意味する言葉。〈男らしさ〉〈女らしさ〉など,社会通念において一般的な固定的な性別観・性差観を意味することもある。…

【雄】より

…植物や下等動物では,比較的小さくて活発に運動する小配偶子を相手個体(雌)へ移すほうの個体を雄という。しかし,遺伝的に雄であっても,下等生物では,環境条件や発生途中で性が転換するものがあり,またアオミドロや魚のベラやハナダイのように個体の性が相対的にきまるものもいるため,生物学的には雄に共通な性質(雄形質という)をより多くもった個体を雄という。雄形質とは,精子をつくる精巣(一次性徴),輸精管や貯精囊など生殖腺付属器官(二次性徴),そして雌とはちがう雄に特有の外形(三次性徴)をいう。…

※「性」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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