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アフリカ[ローマ属州] アフリカ[ローマぞくしゅう]Roman province of Africa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アフリカ[ローマ属州]
アフリカ[ローマぞくしゅう]
Roman province of Africa

前 146年の第3次ポエニ戦争の勝利により,それまでカルタゴの勢力下にあった北部アフリカをローマが属州とした地域。ほぼ現在のチュニジアにあたる。ユリウス・カエサルは,前1世紀にヌミディアを加え,アウグスツス帝はここに合計 19の植民地を開拓し,その領域はキュレナイカから現在のアルジェリア北東部にあるアムサガス川にまで及んだ。さらに皇帝クラウディウス1世 (在位 41~54) の時代にマウレタニアが加えられた。2世紀末に西部はヌミディア属州として独立,また 100年後にはアフリカ属州はビサケナとトリポリタニアの2つに分割された。先住民はリビア人で村落共同体を営んでいたが,前 122年 G.グラックス (→グラックス兄弟 ) の新政策の結果,大土地所有制が発達し,ベルベル人など遊牧民の反乱も鎮圧され,新カルタゴ市を中心として前1世紀以後4世紀末まで繁栄した。都市および大農園には多くの公共建築物が建造され,穀物,オリーブ,果実,動物の皮の輸出が行われた。先住民のローマ市民化が進み,そのなかから,セプチミウス・セウェルス帝が現れた。 200年以後ヌミディアを中心としてキリスト教が急速に広がり,256年までに 100人の司教を擁した。 Q.テルトゥリアヌスや C.キュプリアヌス,またアウグスチヌスやドナチスト派などのキリスト教神学者が輩出したばかりでなく,アフリカのサトゥルヌス崇拝やマニ教など重要な非キリスト教宗派も流行した。しかし 430年にはガイゼリック王の率いるゲルマンのバンダル族が侵入し,大きな損害を受けた。 533年にはビザンチンの将軍ベリサリウスが彼らを破ったが,697年アラブによって征服された。

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