目次 法と強制 法の効力 法規範と法体系 法の機能 道徳,宗教,習俗などと並ぶ社会規範の一種。広義では実定法 と自然法 とを総括するものとして,狭義では法律 と同意義で用いられることもあるが,現実に社会で行われている実定法をさすのが最も一般的な用法である。
法は,制定法,判例法,慣習法 ,条理 など,さまざまの形態(法源)をとって存在するが,他の社会規範からある程度分化し自立的な存在形態をとるようになると,おのおの独自の構造的・機能的特質をもついくつかの規範群から組成された一つの体系として存立し作動するようになる。法の基本的特質は,人々が一定の行為を遂行したり差し控えたりするための理由となる一般的規準を示すところに典型的にみられるが,法がその指図内容を現実に実現しさまざまの機能を発揮するためには,裁判手続や強制的執行機構など,その公権的な最終的実現を担保する制度的保障のもとにおかれ,独特の専門的な技術・方法を用いる職業的集団たる法律家によって,その指図内容を具体的に確定されたり継続形成されたりする必要がある。したがって,法の構造や機能は,その規範的側面を,これらの制度的・技術的・主体的側面とも統合的に関連づけて,立体的・動態的にとらえられなければならない。法の具体的な存在形態は,各時代・社会によってかなり異なっているが,近代国家成立以降の国内法体系が一般に典型的な法と了解されており,法のもろもろ の特質も主としてこのような法体系を念頭において論じられている。
法と強制 法が強制的であることが,道徳などの他の社会規範との重要な識別基準とされている。法の強制的性質は,刑罰 の賦課や強制執行 など,物理的実力の行使による直接的な制裁の実行行為に最も鮮明にあらわれるが,これは,法規範に対する違反を思いとどまらせその遵守を確保する意図をもつ,制裁による威嚇という形での強制が効を奏さなかった場合にはじめて行われるものであり,実力行使 による制裁の実行の機会が少ないほど,法は円滑に作動しているとみてよい。法の円滑な作動を確保する強制の契機は,通常,〈法規範の実現あるいはその違反に対する制裁の実行が,対象者の意思に反しても行われること〉が,究極的に物理的実力行使によって保障されているということで十分である。
法的強制の特質は,法がたんに実力による強制保障を伴っているということではなく,強制保障を行う実力の所在とその行使が社会的に組織化され,法そのものによって規制されているということのなかにみられる。したがって,法的な強制的制裁は,国家の権力的強制装置によるものだけに限る必要はなく,制裁の条件,内容,手続などが相当精確に規定され,制裁を行う主体も特定化されることによって,制裁が定型化され,その制裁の正統性が社会の一般的承認を受けている場合には,すでに法的強制が少なくとも萌芽的形態としては存在するとみてよい。逆に,高度に組織化された強力な国家的強制装置によって実行される制裁も,これらの要件を欠き,もっぱら問題ごとに恣意専断的に行われる場合には,もはや法的制裁とはいえず,権力の不法な発動にすぎない。
強制的制裁は,伝統的に,法体系全体の構造や機能の理解において重要な位置を占めてきているが,現代社会における法の構造的変容や機能の多様化に伴って,強制的制裁と各種の法規範やその機能遂行との関連について再検討を迫られているところが多い。すべての法規範を強制的制裁を基軸として一元的にとらえようとするアプローチは,法における強制の契機を過大評価し,強制的制裁と直接関連しないことの多い法規範(組織規範,権能付与規範など)の独自の機能を正当に位置づけることができず,法の全体的構造を的確にとらえることができなくなっている。また,法の機能を強制的制裁による威嚇やその実行に焦点をあわせてとらえるアプローチも,市民をもっぱら法的社会統制の客体としてとらえ,法的機構を自主的に利用する主体としての市民という側面に正当な位置づけを与えていないという欠陥をもつだけでなく,資源配分機能をはじめとして著しく多様化した法の現代的機能全体を説明しきれなくなっている。
法の効力 法の規範的特質は,その効力ないし妥当性validity,Geltung(ドイツ語)にみられる。ある法規範が効力をもっているということは,一般的に,その法規範の属する法体系のもとにある一般私人によって遵守され,かつ,裁判所その他の公権力機関によって適用されるべきことを義務づける規範的拘束力をもっていること,したがって,一般私人や公権力機関は,自己の行動の指針や正当化理由,他人に対する要求や非難の正当化理由を法規範に求めることができるということを意味する。このような法の効力の問題については,法規範が事実上だいたいにおいて遵守・適用されているという実効性の問題に還元して論じる徹底した経験主義的立場もある。確かにこのような法の実効性という事実レベルの問題とも関連してはいるが通常は,現に実効性をもつ規範ないし体系の正統性にかかわり,〈事実的なものの規範力〉(G. イェリネック)の根拠を問う当為のレベルの問題であると理解されている。
法の効力の根拠をどこに求めるかについては,次の三つの類型に大別できる。(1)その根拠をあくまでも実定法体系に内在的な基準に求め,だいたいにおいて実効的な法体系のもとにある個々の法規範は,根本規範(H. ケルゼン),承認の究極的ルール(H.L.A. ハート)など,法体系の基礎にある識別基準に合致しておれば,その規範的内容の道徳的価値を問わず,法として義務づける効力をもつとする,法実証主義 的な法律学的効力論,(2)法を制定,適用,執行する人々,集団の実力による強制にその根拠を求める実力説ないし強制説,法共同体員による積極的承認とか消極的黙認に根拠を求める承認説など,政治的・社会的・心理的等々の事実的なものに根拠を求める社会学的効力論,(3)自然法に合致していることに根拠を求める伝統的自然法論をはじめとして,正義,自由,平等,人間の尊厳あるいは法的安定性 ,秩序など,法によって確保・実現されるべきだとされるもろもろの価値理念に根拠を求める哲学的効力論。法律学的効力論は,法体系や法律学の自立性の確保という理論的関心あるいは権威的な法源の明確化という法実務的要請に支えられたものであるが,〈正統性の近代版としての合法性〉(M. ウェーバー)に対する信念が動揺し,合法性による正統性の代替作用が崩壊しつつある今日,このような実定法内在的観点にとどまっていることはできず,社会学的・哲学的効力論の理論的・実践的意義にも正当な位置づけが与えられるべきであろう。
法規範と法体系 法体系を組成しているもろもろの法規範については,その基準いかんによって,いくつかの分類がなされているが,法規範の基本型や法体系全体の構造・機能の理解にとってとくに重要なものは,次の三つであろう。
(1)規定方式による種別 法規範の中核を成すものは,法律要件・法律効果ともにその内容をできるかぎり明確に特定化された形で一般的に規定する法準則であり,これが法の一般性の要請でもある。だが,法規範のなかには,個々の法準則の具体的意味内容とか具体的事例への適用可能性の確定において重要な役割を果たす,法原理・法価値などとよばれる独特の法的効力をもつ一群の規範が含まれているのが通例である。法原理・法価値は,抽象的概括的な指針を規定するにとどめ,具体的事例へのその適用について裁判所その他の法適用機関の裁量をかなり大幅に認めていることが多く,社会の正義・衡平 感覚をくみあげて実定法的規準を創造的に継続形成してゆく場合の重要なチャンネルとなっている。法原理・法価値には,確立された学説や判例として法律家の間で一般的に受け継がれてきているものが多いが,最近では,公序良俗,信義誠実,正当事由などの一般条項 ,憲法の基本的人権条項,個々の法律・命令の冒頭の立法目的の規定など,明示的に宣言されたものが増えてきている。
(2)機能的種別 法規範の指図内容は,機能的にみて,命令,禁止,許容,授権の四つに大別できる。法規範の機能は,刑法や不法行為法のように,刑罰・損害賠償などの法的制裁の規定によって一定の行為ないし不作為 を命令したり禁止したりする義務賦課規範を中心に論じられてきている。だが,法規範のなかには,そのほかにも,一般的に禁止されている行為を特別の条件のもとで許容する規範(例えば正当防衛に関する規範とか一定条件のもとで堕胎を認める規範など),また,有効な法的行為を行う私的・公的権能を一定の人ないし機関に付与する規範(例えば,契約・会社設立の方式に関する規範とか立法,司法,行政の組織や権限に関する規範など)が存在している。許容規範は,命令・禁止規範の存在を前提としており,義務賦課規範に従属的なものであるが,権能付与規範は,義務賦課規範に従属的なものでも還元可能なものでもなく,また,不完全な法規範でもなく,独自の重要な機能を果たしており,義務賦課規範と並んで,法規範の基本型を成している。
(3)法体系の重層構造 統一的な法体系を組成するもろもろの法規範の構造的な分類としては,行為規範,裁決(強制)規範,組織(権限・構成)規範という3種類の規範群に分け,法体系は全体としてこれらの規範群が相互に支えあった立体的な重層構造を成していると理解するのが適切であろう。典型的な法規範である民法や刑法の条文の大部分は,違法行為や法的紛争の存在を前提として,裁判における制裁発動・紛争解決のための規準を主として裁判関係者に指図する裁決規範の形態をとっており,しかも,その多くは,法規範違反に対する強制的な法的制裁(刑罰,損害賠償など)を規定する強制規範である。裁決規範は,一般私人に対して直接一定の行為を指図する第一次的な行為規範が遵守されない場合にはじめて作動するものであり,法の規範的機能の最終的実現の確保にとって必須のものではあるが,規範論理的にはあくまでも行為規範に対して補助的・第二次的なものである。さらに,法規範のなかには,行為規範・裁決規範のいずれにも属さず,これらの規範の制定,適用,執行する権限の規定をはじめ,これらの規範を統合しその統一的な存立と作動の基礎を構成するものとして,法的機構の存立と作動に必要なもろもろの公共機関の組織やその権限の内容・行使規準などを規定する組織(権限,構成)規範が,構造的に独自の規範群として存在しており,すべての法体系において根幹的な位置を占めている。最も基本的な組織規範は憲法であるが,そのもとで国家機関や公共団体の組織・権限などをより詳細に構成するもろもろの法律の規定の多くは組織規範に属する。
法の機能 法体系が現代社会において直接・間接に果たしている機能は多種多様であるが,まず,規範的機能と社会的機能とに大別される。規範的機能とは,法が一定の行為を遂行したり差し控えたりするための理由を指図することによって,人々の行為の指針あるいは評価規準となることである。法はこの独特の規範的機能によってさまざまの社会的機能を果たすから,規範的機能は,法が社会的諸機能を果たす手段の不可欠の部分という関係に立つ。社会的機能は,多数の法規範によって確立され規制されている法的諸制度によって果たされるものであり,そのうち,最も重要なものは,法の遵守・適用自体によってその実現が確保され一般市民に向けて外に働く直接的・第一次的なものである。この種の社会的機能の基本的なものを,抑止=保障,活動促進,紛争解決,資源配分という四つの機能に区分して概観しておこう。
(1)抑止=保障機能 平和秩序としての法の最小限の役割は,一般私人によるものであれ,公権力機関によるものであれ,実力行使の実効的な規制である。人々の反道徳的行為などの逸脱行動を抑止する機能と,公権力の専断的行使の規制によって人々の自由と安全を保障する機能とは,このような実力行使の規制にかかわるものとして,法の最も一般的な基本的機能である。
(2)活動促進機能 法はたんに人々の活動を制限するだけでなく,義務賦課規範は,各種の私的権能付与規範と組み合わさって,各人が選択した目標の実効的な実現を促進し援助する便宜を提供するのである。法は,このようにして人々の能力,エネルギーを拡大・解放し,社会的相互交渉活動を促進するための公的枠組みを確立・維持することをもめざしている。法をもっぱら強制的権力機構による社会統制手段としてとらえる立場は,法のこのような機能に正当な位置づけを与えることができず,市民による自主的な法的関係の調整や法的機構の利用という主体的動態的側面から法の機能をとらえる視座を閉ざしがちである。
(3)紛争解決機能 法は,人々が自主的に利害調整できるように,あらかじめ一般的な法的規準によって権利義務関係をできるだけ明確に規定し,紛争の防止に努めるだけでなく,何か具体的紛争が発生して,当事者間で自主的に解決できない場合に備えて,最終的な公権的紛争解決機構として裁判所を設置し,裁判の規準・手続などを詳細に規定している。このような紛争の平和的な解決のための法的規準・手続の整備ということは,法がその抑止=保障機能や活動促進機能などの他の諸機能を実効的に果たすうえでも必須のものである。
(4)資源配分機能 以上の三つの機能がいずれかといえば伝統的にいわれてきたものであるのに対して,この資源配分機能が注目を集めるようになったのは比較的最近のことであり,法の機能の拡大とか多様化といわれる場合,この機能が念頭におかれていることが多い。国家その他の公権力機関が社会経済生活に広範かつ積極的に配慮するようになるにつれて,法的機構も,公権力機関による各種のサービスの提供,社会計画,経済活動の規制,財の再分配などの不可欠の手段として恒常的に用いられるようになってきている。以上の三つの伝統的機能が,主として民事法,刑事法などの古典的な普遍主義的司法法を通じて消極的かつ事後的な形で果たされているのに対して,この資源配分機能的,行政法,経済法,社会保障法など,特定の政策目標実現のための手段という性格の強い管理型法を通じて,積極的かつ事前的な形で果たされることが多い。法的機構がこの資源配分機能を遂行するために市民生活に関与する場合,裁判所よりも各種の行政機関が中心となる。また,裁判による司法的救済の対象となる個々人の具体的な法的権利義務があらかじめ明確に規定されている場合よりも,各政策目標を実施する担当機関の裁量的判断をまってはじめて個々人の具体的権利義務が確定される場合のほうが多い。そのため,この機能の比重が高まるにつれて,法的機構全体の行政化という傾向が強まり,法的過程と政策形成過程との融合が推し進められることになる。 執筆者:田中 成明