(読み)ほう(英語表記)law

翻訳|law

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

法(社会規範)
ほう
law

社会規範の一種。法の定義については「いまでも法学者は法の定義を求めている」(カント)といわれるように、いろいろな説があって、論争が行われている。[長尾龍一]

法ということば

法ということばにあたる各国語は、その成り立ちや歴史の違いによって、その意味する内容が異なっている。
(1)語源 漢字の「法」はもとと書き、という獣に触れさせて正邪を決定したことに由来するという。字の由来について『説文』には「は刑なり。平らかなること水の如(ごと)し。直からざる者に触るれば去る」とある。固有の日本語では、法は「のり」「おきて」などといわれたが、「のり」は「宣(の)る」、すなわち神言を述べることを意味し、「おきて」は設定を意味する。ヘブライ語のtorahは「教え」を、ギリシア語のdikは「慣習」、nomosは「配分」を、ラテン語のiusは「命令」、lex(フランス語のloi)は「収集」を、フランス語のdroitはラテン語のdirectumに由来し「整序されたもの」を、ドイツ語のRechtは「正義」、同じドイツ語のGesetzおよび英語のlawは「置かれたもの」を意味する語に由来するという。
(2)法と法則 lex, loi, Gesetz, lawなどのことばは「法」という意味と同時に、「法則」という意味をもっている。オーストリアの法学者・ハンス・ケルゼンHans Kelsen(1881―1973)によれば、これは未開人のアニミズムにおいて自然の万物もおのおのこの魂をもっており、相互に法で結ばれていると考えられていたからだという。たとえばギリシア語でaitiaということばが同時に「罪」と「原因」を意味するのは、古代ギリシア人が自然現象もなんらかの罪によって生ずると考えたからだという。
(3)法と正義 ius, droit, Rechtなどのことばは「法」と同時に「正義」の意味をもっている(英語のjusticeもjusに由来する)。これは、法は正しいものと考えられたことから出ている。
(4)法と権利 ius, droit, Rechtなどのことばは、また「権利」をも意味する。これは、権利とは法の一側面であり、権利を実現することは法を実現することだという考えに基づいている。両者を区別するために「法」を「客観的法」、権利を「主観的法」とよぶことがある。[長尾龍一]

法の定義

法の定義に関しては古くから論争の対象になっているが、その主要な論点をあげると次のようなものがある。
(1)存在か当為か 古来、法はあるべきもの(当為)を定めるものであるとされてきたが、他方、法は裁判者がいかに行動するかの予測を示すものである(ホームズ)、法もまた一つの経験的存在である(ロスAlf Ross(1899―1978)、オリベクローナKarl Olivecrona(1897―1980))、法の定めるものは当為であるが、法そのものは一種の観念的存在である(ライナッハAdolf Reinach(1883―1917))などという批判がある。
(2)外面性説 法は社会規範の一種であるが、これと道徳規範、宗教規範、習俗規範などとはどこが異なるかという問いに対する古典的解答が、法は外面的規範であるという解答である。すなわち、道徳は個人の良心を拘束し、道徳義務は良心(義務意識)に基づいて守る必要があり、その違反は「内面の法廷」forum internumにおいて裁かれるのに対し、法は外面を拘束するだけで、法規範に適合していればよく、その違反は裁判所という「外面の法廷」forum externumで裁かれるとする。この内面・外面の区別の思想は原始キリスト教ないし古代ユダヤ教にさかのぼるもので、近代においてスピノザ、トマジウスChristian Thomasius(1655―1728)などは、これを権力に対し良心の自由を擁護する理論として体系化した。しかし、この「内面」の概念が神学的起源のものであるため経験的定義が不可能で、故意と過失の区別にみられるように、法も内面を問題にすることなど難点も多い。
(3)主権者の命令説 「法は主権者の命令である」(オースティン)という主張は、自然法を否定する法実証主義の典型的法思想と考えられている。この定義によれば、自然法のみならず、慣習法や国際法の法的性格も否認することになり、そこでオースティンは、国際法を「実定道徳」とよんでいる。同じ法実証主義者のケルゼンも、この定義を、「主権者」および「命令」の概念が不明確であると批判している。
(4)強制説 「法はその違反に対し強制を伴う規範である」という定義は、強制説とよばれ、実定法の定義としてはもっとも有力である(イェーリング、ケルゼンら)。これは、窮極的な法的効果が刑罰や強制執行と結び付いていることを意味するもので、個々の条文が制裁を定めていなくても差し支えない、また違反に強制が加えられるたてまえになっていれば、現実にそれを免れる犯罪人があっても、この定義に反しないとされる。
(5)効力validityと実効性effectiveness ある規範は上位の規範によって正当化されうる場合に効力をもつといわれ、それが現実に行われている場合に実効性をもつといわれる。しかし、全体の法体系が実効性を失った場合(革命など)には、その効力も失われる。この現象をイェリネックは「事実の規範力」dienormative Kraft des Faktischenとよんでいる。実定法とは実効性をもった法体系である。
(6)一般性 法は一般的な規範であるべきで、特定の個人に特定の行動を命ずるような規範は法でないというのが古典的見解であるが、ケルゼンなど反対者もある。
(7)正当性 法の内容が正しいこと、法が正義にかなっていることは、法が法であるための条件であろうか。これは、「悪法も法か」という形で古来論じられてきた主題である。法実証主義者は悪法も法であるとして、正当性が法の条件であることを否定する。自然法論者の多くは悪法は法でないとするが、その場合には「義務の衝突」や抵抗権の問題が生ずる。[長尾龍一]

法の種類

法はまた、さまざまな見地から分類される。
(1)自然法と実定法 人間や社会の本性に根ざした普遍妥当的な法を自然法とよび、そのときどきの社会に実際に行われている法を実定法という。自然法の存在を否定する学説(法実証主義)もある。
(2)成文法と不文法 文書の形で表現された法を成文法(制定法)、そうでないものを不文法(非制定法)という。後者の例としては慣習法、判例法、条理などがあげられる。成文法の体系が発展したのは近代法の特色であるが、国際法などでは慣習法がなお重要な役割を占めている。
(3)実体法と手続法 法律関係の内容を定める法を実体法、それを実現する手続を定める法を手続法という。手続法のうち裁判手続に関するものは訴訟法とよばれる。民事の実体法としては民法、商法など、刑事の実体法としては刑法などがあり、民事の手続法としては民事訴訟法、民事執行法など、刑事の手続法としては刑事訴訟法などがある。行政事件訴訟の手続は原則としては民事訴訟法に従うが、行政事件訴訟法という特別法の適用を受ける。実体法と手続法の関係については、両者のいずれが論理的に先行するかなどに関して意見の対立がある。破産法、破壊活動防止法など実体法と手続法があわせて規定されている法典もあり、また民法第414条の強制履行の規定や民事訴訟法の訴訟費用の規定など、多少の交錯がある場合もある。
(4)公法と私法 古代ローマ以来この分類があり、区別の基準については多くの説がある。すなわち、〔1〕公益に関するものが公法、私益に関するものが私法という説、〔2〕対等者間の法が私法、優劣者間の法が公法という説、〔3〕国家を当事者とする法が公法、そうでないものが私法という説、〔4〕区別を否認する説、〔5〕一般的区別は否認しつつ、行政事件訴訟法など特別の手続を設けている場合には、その管轄事項を定める法を公法とよぶという制度上の概念として成立しうるという説、などである。通常は憲法、行政法、刑法、訴訟法、国際法などは公法に、民法、商法などは私法に分類される。20世紀になって、私的関係に公権力が介入するようになり、労働法、社会法など公法と私法の中間領域が生じたといわれる。
(5)民事法と刑事法 私人間の権利義務関係を定めるのが民事法で、国家の刑罰権力の発動の条件を定めるのが刑事法である。民事法には民法、商法、民事訴訟法など、刑事法には刑法、刑事訴訟法などがある。そのほかさまざまな法律に散在する刑罰法規も刑事法に属する。
(6)国際法と国内法 従来、国家および国際団体相互間の関係を規律するのが国際法、国内の事項を規律するのが国内法とされてきたが、条約が国内の事項を規律することもあり、むしろ国家ないし国際組織相互間で成立した法が国際法であると定義すべきだと主張されている。両者の関係については、〔1〕国際法否認論、〔2〕両者は別の法体系だとする二元論、〔3〕国際法優位の一元論などがあり、現在では〔3〕が有力である。なお、国際私法などの渉外法規(複数の国籍にまたがった法律問題の準拠法を定める法。日本の法の適用に関する通則法や刑法第1条、第2条などがそれにあたる)は国内法の一種である。[長尾龍一]

法源

法源ということばにはさまざまな意味があるが、通常は裁判などの根拠になりうる法規をいう。日本の現行法上問題となるのは次のとおりである。
(1)日本国憲法 最高の法源。その改正には両議院おのおのの総議員の3分の2以上の議決と国民投票における過半数の承認が必要である(憲法96条)。下級審の憲法違反の裁判に対しては上告で争うことができる。最高裁判所が憲法違反と判断した法令は少なくとも実際上失効する(憲法81条)。
(2)法律 両議院が可決した法規範、ないし衆議院が可決した議案を参議院が否決した場合に衆議院が出席議員の3分の2以上の多数で再議決した法規範(憲法59条)。憲法に次ぐ重要な法源である。
(3)条約 条約はそのまま国内法上の法源となる。条約の締結は事前または事後に国会の承認を必要とする(憲法73条)。憲法下、法律以上の効力をもつものと解されている。
(4)最高裁判所規則 最高裁判所は訴訟手続や裁判所の内部規律等について規則を定める権限をもつ(憲法77条)。「民事訴訟規則」「刑事訴訟規則」など。
(5)慣習法 一般には任意規定(当事者の合意で適用を排除できる法規)以下の効力しかもたないが(法の適用に関する通則法3条)、民事上の慣習は任意法規以上の効力(民法92条)、商慣習法は商法以下、民法以上の効力をもつ(商法1条)。しかし、ときにはこの枠を越えた効力を判例が認める場合がある(たとえば譲渡担保)。
(6)判例 英米法と異なり、判例は法源とはされないが、判例の事実上の拘束力は大きく、判例違反の下級審判決は上告によって争うことができ、最高裁判所の判例変更は大法廷で行わなければならない(裁判所法10条)。
 このほか、予算、議院規則、政令、条例、条理などがある。法源の効力順位については、法源が相互に矛盾した内容を含むときは、まず法形式の優劣を比較し(憲法は法律に勝り、法律は政令に勝るなど)、同一法形式間では後法(時間的にのちに成立した法)が前法に、特別法が一般法に勝るものとされる。[長尾龍一]

法の解釈

法規範の意味を認識し、具体化する作業を法の解釈という。解釈に際してとられる方法としては、文字どおりの文章上、文法上の意味を認識する文字解釈、文理解釈のほか、種々の解釈がある。
 かつては法解釈は認識作用であり、法規を大前提とする概念の計算と考えられていたが(概念法学)、現在では、法のあいまいさや多義性をなくすことは不可能であり、またかならずしも望ましくないと考えられ、したがって法解釈は認識に尽きない意欲の作用を含むものと考えられている。[長尾龍一]

法の継受、法系

他国民の法制度を承継して自国のものとなすことを法の「継受」という。継受した国を「子法国」、された国を「母法国」といい、母法国と子法国の間には「法系」という関係があるといわれる。代表的な法系としては、ローマ法系、ゲルマン法系、コモン・ロー法系、イスラム法系、中国法系などがあげられ、最近では社会主義法系などがある。[長尾龍一]

法の歴史

法は一国、一民族にとどまらず、多くの国、民族に承継されて発展してきている。概略、法は次のような歴史をもつ。
(1)古代ローマ法 法の天才といわれたローマ人が紀元前8世紀ごろより10世紀余りにわたって形成した法体系。固有のローマ法(市民法)は儀式的な形式主義など非合理性を帯びていたが、契約の自由、個人主義、所有権の絶対性など、近代性の基礎をなす長所をもっていた。ローマ帝国全体に適用された「万民法」ius gentiumは普遍的で合理的性格をもち、また法務官たちによって形成された「法務官法」ius praetorium(名誉法ius honorarium)は具体的妥当性を尊重して市民法の形式主義を緩和した。また東ローマ帝国の皇帝絶対主義は、近代の絶対主義時代にローマ法が復活する一要因となった。
(2)ローマ法の継受 13~16世紀のヨーロッパ大陸において、イタリアの学者たちの註釈(ちゅうしゃく)書を通じてローマ法が復活した。このローマ法の継受Rezeptionは、ルネサンスRenaissance、宗教改革Reformationと並ぶ大事件とされ(いわゆる3R)、普遍的な法を求める商人層の要求にこたえたものである。
(3)英米法 イギリス法はゲルマン的起源をもつ判例法の体系(コモン・ロー)を法曹階級が守り抜き、ローマ法の侵入を拒否して、大陸法と顕著な対象をなしている。その特色は、判例の変更を禁ずる「先例拘束stare decisisの原則」や「王も法のもとに立つ」という「法の支配rule of lawの原則」などである。イギリス法はアメリカ法などイギリスの植民地に継受された。
(4)中国法 秦(しん)・漢王朝時代以来、刑法を中心に法体系の整備が進み、唐律、明(みん)律、清(しん)律など王朝ごとに法典が整備された。その特質は、中心が刑法であること、儒教思想の徳治主義、礼治主義の支配下で法律家の地位が低いこと、家族制度が重視されていること、皇帝は超法的存在とされていることなどがあげられる。
(5)日本法 中国よりの継受法(律令(りつりょう)など)と日本の固有法(御成敗式目など)の交錯のなかで発展した日本法は、明治維新後ヨーロッパ大陸法を全面的に継受した(初めはフランス法、やがてドイツ法)。第二次世界大戦後には憲法、刑事訴訟法、労働法などを中心にアメリカ法の影響も強い。[長尾龍一]
『団藤重光著『現代法学全集1 法学入門』(1973・筑摩書房) ▽我妻栄著『法律学全集2 法学概論』(1974・有斐閣) ▽伊藤正己編『法学』第2版(1982・有信堂高文社)』

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