家(島崎藤村の小説)(読み)いえ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「家(島崎藤村の小説)」の意味・わかりやすい解説

家(島崎藤村の小説)
いえ

島崎藤村(とうそん)の長編小説。前編は1910年(明治43)1~5月、『読売新聞』連載。後編第1~9章は翌1911年1、4月の『中央公論』に『犠牲』の名で掲載。同年11月「緑蔭叢書(りょくいんそうしょ)第参篇(ぺん)」として自費出版の際に、後編第10章を追加。藤村の生家島崎家と姉の婚家高瀬家をモデルとして、旧家の人々の退廃した生活感覚とそこから脱却しようとする小泉三吉(藤村)の苦闘を描く。三吉が目ざす「新しい家」は、経済的自立と夫婦の相互理解とをその基盤にする近代的な家庭だが、それは、彼の経済的援助を当然と考える一族や、彼自身のなかをも流れる旧家の誇り、または性的に乱れた家系の自覚、さらに妻との相克や日常生活の重みなどの理由で、ついに実現しない。歴史的視点に欠けるという批判もあるが、日本の半封建的な家族制度の内部に焦点を絞り、両旧家の12年間にわたる没落過程を通じてその陰湿な論理を浮かび上がらせた、自然主義文学の傑作である。

[十川信介]

『『家』全2冊(新潮文庫)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例