[1] 〘名〙
① 火山作用、浸食作用、造山作用によって地表にいちじるしく突起した部分。高くそびえたつ地形。また、それの多く集まっている地帯。山岳。日本では古来、神が住む神聖な地域とされ、信仰の対象とされたり、仏道などの修行の場とされたりもした。
※古事記(712)中・歌謡「命の 全けむ人は 畳薦(たたみこも) 平群の夜麻(ヤマ)の 熊白檮(くまかし)が葉を 髻華(うず)に挿(さ)せ その子」
② 特に植林地、伐採地としての山林。種々の産物を得たり、狩猟したりするための山林。
※万葉(8C後)四・七七九「板葺の黒木の屋根は山(やま)近し明日の日取りて持ちてまゐ来む」
※随筆・北越雪譜(1836‐42)初「阿彌陀峯とて樵する山あり」
③ 鉱石、石炭などを採掘する場所や諸施設。鉱山。
※
梅津政景日記‐慶長一七年(1612)三月八日「わきさし成共、鉛のつきたる道具をとめおかれ、やまへは法度に候間」
※あらくれ(1915)〈徳田秋声〉四八「この米が皆な鉱山(ヤマ)へ入るんだせ」
④ (墓地が、多く山中、山麓に営まれたところからいう) 墓場。墳墓。山陵。葬送地。みやま。
※源氏(1001‐14頃)須磨「御山に参り侍るを。御言伝やと聞え給ふに」
⑤ 土を盛り、石を積んで①に擬してつくったもの。築山。
※源氏(1001‐14頃)桐壺「もとの木立、山のたたずまひ、おもしろき所なりけるを、池の心広くしなして、めでたく造りののしる」
⑥ 高く盛り上がった状態、またはその物を①になぞらえていう語。
(イ) 種々のものを多数または大量に盛り上げ、あるいは積み重ねた様子。また、比喩的にきわめて量の多い様子をいう。うずたかい形。
※蜻蛉(974頃)上「山とつもれる しきたへの 枕の塵も」
※浮世草子・日本永代蔵(1688)一「その米は、蔵々にやまをかさね」
(ロ) 物の凸起した状態。また、その部分。
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)三「鼈甲の櫛さ〈略〉山(ヤマ)の恰好から何から今風で」
(ハ) 兜(かぶと)の鉢(はち)。
※雑俳・生鱸(1704)「我文をかぶとの山の下ばりに」
(ニ) 灸(きゅう)のあとのはれているところ。
※雑俳・柳多留‐七九(1824)「かんぜなさ泣て二日の山をみる」
(ホ) 吉原細見で、遊女の格付けにしるす記号。入山形(いりやまがた)。
※雑俳・川柳評万句合‐安永四(1775)智四「山だの星だのがおやじげせぬなり」
⑦ 物事の程度がはなはだしいことのたとえ。程度が高い様子。
※光悦本謡曲・東岸居士(1423頃)「罪障の山にはいつとなく煩悩の雲あつうして」
⑧ 継続または連続している物事が頂点に達したのを、①の頂上にたとえていう。
(イ) 文章や演芸などで、そのおもしろさが最高潮となるところ。また、一般に物事がいちばんよいと感ぜられるところ。絶頂。クライマックス。
※滑稽本・客者評判記(1811)上「わかりもせぬ狂言を、あそこが山だの爰が腹だのと」
(ロ) 事の成りゆきにおいて、もっとも重大なところ。事の成否がきまるところ。山場。
※パルタイ(1960)〈
倉橋由美子〉「《経歴書》の作成が手続のヤマだとあなたはいった」
(ハ) 病気のもっとも危険な段階。峠。近世には、特に疱瘡
(ほうそう)についていう。→
山が上がる②・
山を上げる。
※俳諧・犬子集(1633)一五「見れとも山はまたはるか也 気みしかにおほしめすなよ此もかさ〈一正〉」
(ニ) 可能なかぎり。せいいっぱいのところ。関の山。
※洒落本・契情買虎之巻(1778)一「『はらのうへを、めのじにしてくんなんし』『いんや。はらが山だ』」
⑨ (①は高くゆるがないところから) 仰ぎみるもの、頼りとするもの、または、目標とするもののたとえ。
※後撰(951‐953頃)離別・一三二六「かさとりの山とたのみし君をおきて涙の雨にぬれつつぞ行く〈閑院大君〉」
⑩ 祭礼に出る山車(だし)で、①の形に作った飾り物。京都の祇園祭では、鉾(ほこ)よりもおおむね小型で、真木(しんぎ)を立てず、構造の簡単なものをいう。その多くは上に松を立て、根元に①をかたどったものを作る。舁(か)き山と曳(ひ)き山との二種類がある。また、山鉾の総称。
※御伽草子・付喪神(室町時代小説集所収)(室町中)「祭礼おこなふへしとて、神輿を造立したてまつる〈略〉山をつくり、桙をかさる」
⑪ 能楽や歌舞伎などの作り物の一種。竹で組んだ枠に引回しと称する紫や濃緑色の幕を張り、その上に笹や木の枝葉をかぶせて、山や塚を表わすもの。
※歌舞伎・土蜘(1881)「山(ヤマ)の造物、四本柱へ紙で拵へし蜘の巣三方一面にかかりある」
⑫ 紋所の名。山の形、または漢字の「山」を図案化したもの。三つ山、丸に遠山などがある。
⑬ 寺。また、境内。
※説経節・をくり(御物絵巻)(17C中)二「いちじは二じ、二じは四じ、百じはせんじと、さとらせたまへば、御やまいちばんの、がくしゃうとぞ、きこえたまふ」
(イ) 特に、江戸、芝の増上寺の寺内。主に品川の遊里でいった語。
※雑俳・柳多留‐一四五(1837)「山を出て海へ寐に行面白さ」
(ロ) 江戸深川の
富岡八幡宮(別当は永代寺)の境内。特に、そこにあった二軒茶屋。
※洒落本・辰巳之園(1770)「久しうお出会致さぬ。山でのんだままかな」
(ハ) 江戸、浅草寺の山内。
※歌舞伎・東海道四谷怪談(1825)序幕「てめえこの頃ぢゃア山(ヤマ)の女にかかって、売り溜も親方の方へ遣らねえさうだが」
⑭ 猪・鹿などを捕えるために仕掛ける落とし穴。〔日葡辞書(1603‐04)〕
⑮ 山伏の称。
※雑俳・十八公(1729)「御気鬱に山のひたいも寄る談合」
⑯ 遊女。女郎。
※浮世草子・好色盛衰記(1688)三「幸ひ明日から、祇薗七日つづけて、山も太夫も根引にすべし」
⑰ (鉱脈を探し当てることが、投機的な仕事であるところから、③から転じて)
(イ) 思いがけない幸運をあてにすること。万一の幸運をねらって事を行なうこと。投機的な仕事。また、その対象となる物事。やまごと。→
山が中(あた)る・
山に掛かる。
※洒落本・蕩子筌枉解(1770)怨情「おほきに泣くは、まったく山がそんじてのこととみへたり」
(ロ) 確かな根拠がなく、偶然の的中をあてにしてする予想。特に、学生などが試験に出題される箇所を予想すること。また、その箇所。→
山を掛ける。
※二百十日(1906)〈夏目漱石〉一一「過去がかうであるから未来もかうであらうぞと臆測するのは、〈略〉一種の山(ヤマ)である」
(ハ) 見せかけや誇張などで他人をあざむくこと。
いんちき。はったり。〔
俚言集覧(1797頃)〕
※歌舞伎・
早苗鳥伊達聞書(
実録先代萩)(1876)六幕「金に目が暮れ盗みをして逃げたと見せて二百両、持出したのがこっちの山
(ヤマ)」
⑱ 売切れ。品切れ。主に飲食物についていう。
※浄瑠璃・夏祭浪花鑑(1745)一「綿が高いの。銭が安いの手代共が寄合て、勘定が合ぬの引の山の、そんな事は空吹風」
⑲ 犯罪事件をいう俗語。
※黒い穽(1961)〈水上勉〉一「事件(ヤマ)は迷宮入りくさいな」
[2]
[一] 比叡山延暦寺の称。天台の霊場としての比叡山。
※古今(905‐914)雑下・九五六「山の法師のもとへつかはしける 世をすてて山にいる人やまにても猶うき時はいづちゆくらん〈
凡河内躬恒〉」
[二] (山の手地区であるところから) 江戸の遊里、新宿の異称。
※洒落本・愚人贅漢居続借金(1783)序「深川(かは)に三年、吉原(さと)に三とせ、新宿(ヤマ)に三年」
[3] 〘接尾〙
① 山、特に山林や鉱山を数えるのに用いる。
※俚謡・選炭節(大正頃)福岡(日本民謡集所収)「一山二山三山越え 奥に咲いたる八重椿」
② 盛り分けたものを数えるのに用いる。「みかん一山百円」
[4] 〘語素〙
① 動植物の名の上につけて、それが同種類または類似のものに比して、野性のもの、あるいは山地に産するものであることを表わす。「やますげ(山菅)」「やまどり(山鳥)」「やまもも(山桃)」など。
② 動詞、形容詞などに添えて、しゃれていう語。特に意味はない。近世、通人の間に用いられた。
※洒落本・南閨雑話(1773)怖勤の体「どふぞして飯を一っはい働山は、出来まいかの」