日本(日刊紙)(読み)にほん

日本大百科全書(ニッポニカ)「日本(日刊紙)」の解説

日本(日刊紙)
にほん

1889年(明治22)2月11日、陸羯南(くがかつなん)が前年創刊の『東京電報』を改題、創刊した日刊紙。浅野長勲(ながこと)、谷干城(かんじょう)、三浦梧楼(ごろう)らが資金面の援助をし、三宅雪嶺(みやけせつれい)、志賀重昂(しげたか)、杉浦重剛(しげたけ)、高橋健三ら政教社の同人が寄稿、福本日南、国分青崖(こくぶせいがい)、国友重章(しげあき)、古島一雄(こじまかずお)などのほか、田岡嶺雲(れいうん)、内藤湖南、正岡子規ら錚々(そうそう)たる記者が在社していた。国家主義の立場から軽薄な欧化主義に反発、妥協的な条約改正に反対、薩長(さっちょう)藩閥政府を攻撃したため、創刊以来8年間に30回、230日に及ぶ発行停止処分を受けている。明治30年代に入ると近衛篤麿(このえあつまろ)が後援者となるが、羯南が病を得たため1906年(明治39)6月、伊藤欽亮(きんすけ)に譲渡された。しかし伊藤と雪嶺の意見あわず、12月、雪嶺に続いて長谷川如是閑(にょぜかん)、千葉亀雄(かめお)ら21名が連袂(れんべい)退社、雑誌『日本及日本人』を発行して『日本』の精神を継承した。伊藤はその後も『日本』の経営に努力したが、経営は好転せず、14年(大正3)12月31日廃刊した。

[春原昭彦]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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